2018年06月20日

「大国が謙虚になり小国から信頼を得られれば「平和」が生まれる!」

 米朝首脳会談で「体制保障と非核化の共同声明が調印」され「戦争」ではなく「平和」に向かって扉が開かれたのは本当に嬉しいことだと思います。

 大国アメリカの圧力に対し小国北朝鮮が国民を犠牲にしてまで核保有国を目指したのは解らないことではありません。

 そのような背水の陣にある北朝鮮に大国が「非核化をしなければ攻撃するぞ!」と迫れば小国は敗北を覚悟で抵抗し「暴発」するのはあり得ることで、そうなれば「核や化学・生物兵器」の時代にあっては世界的な混乱と破壊に繋がるのは当然に予想できることで始めから「圧力ではなく対話の道」しかないのはわかりきったことだろうと思います。

 そのような意味では今回トランプ氏の「脅かし」をしながらも強者が強引に弱者を従わせるのではなく弱者のプライドを忖度して「謙虚」に「平和の保障」を示しながら「非核化」に向かわざるを得ない運びへと導いたのは見事だったように思います。

 しかし「戦争」ではなく「平和」への道を開いたものの現実には「戦争」により利権や支配を強めてきた産軍複合組織(いわゆる戦争屋と言われる組織)があり具体的な体制保障や非核化の交渉の課程で抵抗を強めてくるのは明らかで「平和への道」にはさらに難しい難問と試練があるだろうと思っています。

 そして日本には「拉致問題」もあり、果たして「積極的な圧力」を主張し続けてきた安部首相がトランプ氏の君子豹変するような謙虚な態度に変貌し交渉が進められるかははなはだ疑問で、旧態依然として強者の論理で「拉致を解消しなければ経済支援はしない」と迫るようであれば「らちがあかない」ばかりか「平和への道」への障害にもなるだろうと思います。

 日本は非核化や拉致について北朝鮮が約束を違えたとして一方的な不信感を持つようになっていますが今回の「平和への道」を推し進めるためには経済大国として謙虚な思いで小国北朝鮮の言い分やプライドを忖度しながら「日朝交渉」を進めることが良いのではと思っています

 そして何よりも過去の植民地政策と戦後賠償を示すと共に国交回復後の経済支援を提案しながら「拉致問題」を解決に導くようにするのが経済大国としての在り方で、資源国として有望な小国北朝鮮の復興を支援をしながらパートナーとして東北アジアの「平和と発展」を進めてゆくような日本になれば新たな21世紀の夢が広がるだろうと思っています。

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2018年05月30日

現在は文明の転換期との話もあるが!

 文明の転換期と言われいますが、未来が見えなくなっている現状を考えますと未曾有の天変地異かそれとも第三次世界大戦の悲観的なことによってでしか転換しないのかなと思い巡らしています。

 敢えて希望的な展望をすれば、ヒョッとして今までに無い特異なトランプ大統領の誕生によって、その破天荒な言動と経営感覚での型破りな政治行動が結果として東では不可能と思われていた朝鮮半島に統一の流れを生み、西では中東の火種でもあったイスラエルの孤立化を進め戦争の危機が増しているものの大国間のバランスが働き逆に平和の流れになるように見えざる神の手が働き、相まって急激に進化する新たなAI(人工知能)や高度なロボット技術そしてブロックチェーンによるフラットな社会の流れによって人々の意識が変わり101匹めの猿のような現象が生じ文明の舵が大きく転換するのかなと期待を込めて思い巡らしています。

 そもそも「核・化学・細菌兵器」と「ロボットによる無人兵器」の時代にあっては「戦争はすべてを破壊する」ことから「戦争は起こせない時代」に入り当然に世界の指導的なリーダーは良く解っている筈でアメリカ・中国・ロシアの大国の指導者も現実には古い流れの中で「国益」を主張して指導的な立場を強固にしながらも、本音は「国益」を超えて「戦争のない世界」を創るしかないと思っているのかもしれません。

 当然にそのような「平和の流れ」に対して戦争を起こすことによって「富とお金」を支配し続けてきた「産軍複合体」のような組織にとっては死活問題そのもので「戦争を起こす」ための火種を作り続け危機を煽り「平和への抵抗」を目論むのは予想するまでもありません

 残念ながら我が国のリーダーの安倍総理は「憲法改正」を視野に「戦争の出来る国」を念頭に「特定秘密保護法」「共謀法」や「武器輸出三原則の改廃」などなど強行して「戦争を前提にした力による平和」を主張していますからアメリカ・中国・ロシアの指導者の本音が「平和」であるとすれば時代逆行としか思えてなりません。

 「戦争の世紀」からの転換期に生じる混乱状態にありますが、南北朝鮮や中東の民族対立が思わぬ展開によってガラッと変わり「平和の世紀」に向かうことを願いますが、しかしその流れは他力本願ではなくやはり人々が混乱する現実の危機感に振り回されないで未来を見据えて「平和の世紀」に相応しいライフスタイルを創っておくことが何よりも大切だと思っています。

 利他村の活動もそのような思いもつ仲間が集い平和な未来社会を夢にて進めてゆければと思っています。 

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2018年04月20日

良き「忖度」が出来る国になれば嬉しい!

森友・加計学園問題は安部首相の思惑を官僚が「忖度」して生じたことだと国民の大半が思っていることですがしかし「忖度」とは他の人の思いや考えを思い計らうことで「忖度」そのものは決して悪いことではなくそのような心遣いが出来る人はすばらしい人だと思います。

 問題は「忖度する人」と「忖度される人」がどのような思惑を持っているかで「忖度」そのものの善し悪しが決まるのだと思います。

 たとえば「忖度する人」「忖度される人」どちらの思惑も「公正無私」なる思いでの「忖度」であれば忖度の結果にかかわらず誰に指をさされることもありません。

 しかし時代劇でも良くある代官と御用商人とが顔を見合わせ「お前も悪じゃノー」と互いにニヤリするような一蓮托生の利権の悪巧みのような「忖度」は断罪しかなく大岡忠相や水戸黄門の登場が必要になります。

 と言うことは「不公平で私的なこと」を知りながらの「忖度」は断罪されてしかるべきで森友・加計学園問題での「忖度」は「忖度する人」も「忖度される人」も断罪しかありません。

 ただ「弱い立場の人」が「公正無私」な思いを貫き通すことによって権力をもつ人に煙たがられたり不利益を被ったりすることがあることから「弱い立場の人」に「公正無私」を強いることは酷のようにも思えます。

 したがって「公正無私」が求められるのは「強い立場の人」で「強い立場の人」に「公正無私」の振る舞いがないと社会から「悪しき忖度」がなくなることはありません。

 そのようなことを思うと森友・加計学園問題について十分な説明が出来ないで逃げ切ろうとする安部首相の立ち振る舞いは往生際が悪い悪代官のようで他にも「日報問題」や「財務省官僚の辞任」についての責任を問われていることからももはや退陣しかないように思っています。

 新たなリーダーは「戦争の出来る国としての美しい国つくり」ではなく国民の象徴として「民の平穏と平和」を願っておられる天皇の思いを忖度して「力ではなく愛による平和な国としての国つくり」を国民や世界に示し政財官人や国民が楽しく忖度ができるようなリーダーが生まれることを願ってやみません。
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2018年03月21日

「戦争を起こさない」視点でなく「平和つくり」視点になれば!

 森友問題や加計問題については安部首相の意向が働いていたのは疑いようがなく、財務省の文章改ざん問題も安部首相への忖度があったのは疑いようがなく、首相自らの発言もあったことから退陣に追い込まれるのが自然な流れだろうと思っています。 

 そのような国内問題とは別に大きな出来事として期待されるのは北朝鮮と韓国の南北会談と日米会談が実現することで、そうなれば朝鮮民族の悲願である南北統一が進み東アジアに新たな平和への道が開かれるばかりか混乱する世界を転換させる歴史的な切っ掛けになるのではと思っています。

 核や細菌や化学による大量無差別な殺人兵器兵器やAI(人工知能)と無人のロボットによる無慈悲な殺戮兵器による戦争の時代にあってはどのような理由があろうと戦争は勝者・敗者区別無く世界的な崩壊につながりかねないことで「戦争」を起こさないと言うよりも「平和」な世界を創ることに視点を変えて世界が進むしかないように思えてなりません

 現実的に経済的にはGDPではアメリカの140分の一、韓国の10分の一に満たない経済的敗戦国とも言える北朝鮮が「主体思想」を掲げ「金体制」の維持の求め「核保有」と「大陸弾ミサイル」の開発を背景に大国アメリカとの対等な「和平交渉」に活路を見いだそうとするのに対して圧倒的な強者のアメリカが「力による平和」を掲げ圧力をもって北朝鮮を屈服させるような在り方は決して「平和な世界つくり」ではないように思っています

 強者の圧倒的な圧力で弱者を屈服させる在り方は一つ間違うと窮鼠猫をかむ「暴発」もあり得ることで、今回そのような「暴発」の道ではなく「ほほえみ外交」に活路を見いだそうとする北朝鮮に対して「微笑み外交に惑わされるな!」「圧力を緩めるな!」とアメリカ以上の強行発言する安部首相に違和感を感じている国民も多いのではないかと思います。

 「国益が大切」「抑止力が大切」と「軍拡競争」や「力による平和」を容認するのではなくそのような志向を過去の産物として葬りさり「知恵と分かち合いよる平和つくり」に舵を切ることでしか未来は開かれない時代に入っていると思えてなりません。

 その意味で今回の朝鮮半島の南北統一の動きを転機として北朝鮮と陸が接する中国・ロシア・韓国そして海を隔てた近隣の日本が連携し、地下資源豊かな北朝鮮に経済的な復興の援助を示し民族的悲願の南北統一の実現と民族自決を支援するような方向に進めばと強く思っています。

 それを強くリードし支援することが出来るのが「平和憲法」を持ち73年間戦争をしなかった日本でしかも世界で唯一の被爆国の日本だからこそ「核なき世界を!」「戦争のない平和な世界」を訴え北朝鮮の核の廃棄をリード出来るのも日本だろうと思います。

 桜咲く春と共に国内問題も国際問題も「平和の花」が咲くような始まりになることを期待したいと思っています。


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2018年02月27日

「田舎暮らし」は最高のステータスで未来に繋がるライフスタイルだ !

 都会から田舎に移住をして利他村を開村し11年目に入ります、「田舎暮らし」の感想はと問われれば「多いに満足」と答えることが出来ます。

 確かに田舎の人は変化を求めたがらないところがあり便利で次々と新しい変化を受入れ生活していた都会人にとって少々うんざり感もありますが、田舎には都会では味わえない純朴さと昔ながらの暖かさがあり代えがたいものと思っています。

 しかしもともと新しいものには飛びつく方ですので「自然がありのどかな田舎の良さ」だけではなく「進化し続ける科学技術の良さ」をも共生しての田舎暮らしを望んでいます。

 勿論シルバー期での「田舎暮らし」は「運転が無理になり」「視力や聴力の衰え」そして「体力の衰え」の時期が待っていますので心配はあったのですが昨今の情報技術やロボット技術の進化を垣間見ると近い将来「自動運転の車」「ドローンによる配送」「ITによる常時病院につながる健康管理」などは確実で「自然と科学技術が共生する田舎暮らし」は可能であるばかりか最高のライフスタイルだと思っています。

 さらにAI(人口知能)とロボットの時代にあってはの「田舎暮らし」は時代の先取りでもあると自認しています。

 と言うのは人間の知識を遙かに超えるAI(人工知能)と人間の肉体能力を遙かに超えるロボットが創り出す未来社会は物質的にはより便利でより楽しい生活を創り出してくれますが、最近の車内では誰も指示はしないのにほとんどの人がまるで取り憑かれたようにスマホに夢中になっていて姿を見ると高度な情報技術の物質社会は反面何か寒々したものを感じるのは私だけではないと思います。

 当然にそのような高度な情報技術の物質世界にあって次第に「人とは」「生きがいとは」を「本当に幸せな人々の生活とは」を考える人が増えるようになり、やがてはあらゆる分野に「新たな人間復興」の動きが生まれてくるのでは思っています。

 ここからは私の願望でもありますが、そのような「人間復興のうねり」が燎原の火の如く広がり「新たな文明開花」となることによって物質的な豊かさに比重を置いてきた現在文明を超える人間的な豊かさに比重を置いた新たな文明が生まれるのではないかと思っています。

 そこで何が言いたいかはおわかりと思いますが、そのような新たな文明への芽は自然と共にある田舎にあると思っいますし「田舎暮らし」は人間らしい最高のステータスライフであると同時に未来を先取りするライフスタイルだと思っています。
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2018年01月25日

「憲法改正」について思う

「憲法改正」が議題に上がりマスコミ報道が盛んになっていますが「戦争放棄」を定めた「平和憲法」」をなぜ改正するのかよく分かりません

 戦後70年以上も立って社会の変化もあり時代に合ったように改正をするのは至極当たり前のことですが多くの国民が「このままではダメだ」「何とかしてほしい!」と言う声が上がっているとはとても思えませんし、自民党の党是として「自主憲法制定」があるとしても多くの国民が要望もしていない改正をなぜ急ぐのかよく分かりません

 そもそも「核や化学や細菌」による近代兵器の時代に入り、いったん戦争が始まると勝った負けたで終わることなく世界そのものの破滅もあり得る時代に入っているのですから「戦争」はあってはならないことで「戦争」そのものを無くすしか未来はないのです

 トランプ氏が「力による平和」を主張していますがその言葉自体論理矛盾していますし、安部首相も北朝鮮に対して「圧力強化」を世界に訴え、自衛の名の下に軍事力を強化しつつあるのも「戦争」を前提としているもので時代逆行としか言いようがありません。

 そうではなく「戦争放棄」を旗に戦後72年戦争をしなかったことを誇りとして「戦争放棄」を世界に訴え平和をリードすることこそが大切なことで、今までの武力を背景にした競争経済世界から新たな対話を背景にした共創経済世界を創り上げることをもって日本の進む方向を示し世界をリードすることが本当の未来志向の在り方だと思います。

 近代兵器の時代にあって「戦争」はタブーで「戦争」を前提にした戦力保持可能な憲法改正など「ミイラ取りがミイラになる」に相応しく、そうではなく「武力を前提にしない平和」を具体的に議論し実現させることが大切で、そのようなことを主張し行動を示す「政党」が生まれることを期待してやみません。

 憲法学者の多くが違憲とする「自衛隊」も現実的には国民の多くが「専守防衛としての自衛隊」であるだろうと認めているのですから急いで改正する必要は無く、強いて違憲としないように改正するとすれば憲法第9条に「他国から武力攻撃を受けた場合は一項二項の限りでない」ことを追加し、また集団的自衛権を容認するような違法な憲法解釈はダメで、日本との平和条約締結国が武力攻撃を受けるようなことがあれば国連決議に基づいて国連軍として派遣することを追加して現実世界に生じている「紛争や局地戦争」に対応をすることは国連加盟国としては必要悪として仕方が無いように思います(勿論現在の不完全な国連には疑問がありますが)

 「憲法改正」について与党も野党も「軍事力を背景にした平和」を前提にした改正論議ではなく「対話を前提にした平和」について具体的な議論を盛んにして貰えないかと期待を込めて思っています。。

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2018年01月01日

コーエンの少し堅い年頭所感

今年は平成天皇の生前退位と新天皇の即位の前年にあたり、バブルで始まった低成長の時代から新たな年号で始まる新たな時代への準備の年になればと思っています。

 「成長の限界」が言われている世界では欧米を中心にする先進諸国が衰退しつつ、中国・インドと言った新興国が台頭する西洋から東洋に文明が転換する端境期にあるように思っています。

 特に異質な破壊屋とも言われているトランプ氏の出現は今まで世界の金融を始め経済の支配層を衰退させているのはその象徴のように思いますが不動産業で成功した経営者の利害感覚で「アメリカ第一主義」を掲げ軍事を背景にした「力による平和」を推し進めようとしていますから、そのことによって世界全体を混乱させ破壊させることで西洋の時代が終焉するのかなとも思っています。

 そしてEUではリーダー格のドイツのメンケル氏の政権基盤も弱くなり、イギリスのEU離脱もあり、イタリアでの州独立問題などありEUは混乱を深めていますし、中東ではイスラエルの孤立が進むようになりイランとの対立とアメリカに替わりロシアの影響力が強くなりつつありことから混乱を深めさらに一食触発の状態を深めるのではないかと思っています。

 そして何よりも問題なのは世界全体で「貧富の格差」が拡大固定化していることでISIL(イスラム過激組織)の敗北があったものの「貧富の格差」を根底とするテロが世界に拡散し破壊活動が広がり不安定な社会が生まれ、そのような国内情勢にあって各国共に情報統制を強めまた管理社会と軍国化が進むのではないかと危惧しています。

 このように「西洋」が成長の限界を迎え衰退する過程での混乱は続き、新たな発展に向かう「東洋」においても覇者となりつつある中国も共産党独裁での国家資本主義と言う矛盾を持っており、また古い時代の「汚職体質の風土」と急速な発展に伴う「貧富の格差」を抱えており「力による統制強化」で国家体制の維持に向かうしかなく新たな東洋の時代での新生中国に向かうには現体制の崩壊の課程を超えないと難しいように思っています。

 そんな混乱が治まらない世界の中で日本では長期政権の安部政権も実質的な国民の支持は20%台でアベノミクスも実質的な成果が明らかでなく、森友・加計やその後の身内優遇の利益誘導も明らかになりつつありますので安部首相退陣もあり得ることで、その後の政界再編成で新たな立憲民主主義(私は世界に誇る天皇を頂く象徴天皇による立憲君主も良いと思っています)の動きが出ると新天皇と新たな年号と相まって新生日本の在り方が議論されるようになり、また東洋の時代のリーダー国としての準備が進められるのではないかと期待を込めて思っています。

 このような発展の流れが西洋から東洋に移る端境期の混乱に巻き込まれますが、こんな時代だからこそ「自分の生き方や考え方をしっかり持って未来を見いだしてゆくこと」が何よりも大切だろうと思います。

 最近ベストセラーになっている「ブレインプログラミング」に経験とイメージの区分が出来ない脳内では「思いを明確にイメージし続ける」とその明確なイメージが潜在化して脳がイメージの実現にむかって体の諸器官に指示をするようになり、その結果「思いが実現する」と書かれてあり、それは既にポールJマイヤー氏やナポレオンヒル氏の「成功法則」でも書かれていることで、端境期の混乱期には厳しい経験をすることになりますが、その経験の思いからイメージするのではなく新たな未来に向かっての自分とって価値あるイメージを描けるかどうかににかかっていると思います。

 利他村は今年は「共同体つくりくり」に焦点をあわせて仲間と共に端境期に生じる混乱を「笑い・分かち合い」を持って乗り越えるその準備とそれぞれの未来への思いを描き合いながら新たな時代へのライフスタイルの準備をする年にしたいと思っています。
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2017年12月22日

北朝鮮へは「北風でなく太陽」対応を祈ります

 今年もあと少しで新年を迎えますが北朝鮮からのミサイルや核の攻撃と言ったまったく厭な報道がされています。

 冷静に考えて見ると北朝鮮が先制攻撃をすれば一瞬の間にアメリカからの核攻撃がされ国家そのものが崩壊するのですからアメリカや日本の圧力によって金正恩体制が維持できなくなった時の「暴発」とそれ以外はアメリカの先制攻撃がない限り北朝鮮からの攻撃はあり得ないことだと思います。

 そもそも大量の核兵器をもつ大国アメリカが「核兵器禁止条約」に反対しながら抑止力として核兵器を持つ小国北朝鮮に核兵器の廃絶を強いること自体が論理矛盾で、ましてやアメリカの核の傘にいることで同じく「核兵器禁止条約」に賛成しないで北朝鮮を悪の権化のように圧力一辺倒で核放棄を強いる安倍政権の在り方にも問題があるように思えます。

 ノーベル平和賞を受賞したICANの日本人が核の被爆国として「人類と核兵器とは共存しない」と訴えたのは当然のことで、何よりも1万5千発もある核保有国の大国が核兵器禁止を誓い核廃絶を宣言することが先決でその上で核を国連監視下においてあらゆる国の核保有を禁止してゆくのが最も取るべき道のはずです

 もはや「戦争」によって勝者が力でもって敗者を支配する時代ではなく、核兵器による「戦争」は勝者も敗者も共に崩壊させてしまうのですから「戦争」は決して起こしてはいけことで、トランプ氏の「力による平和」の主張は「戯言」としか言いようがないと思います。。

 人間以外の動物も生存のために弱肉強食の争いをしていますがそれは自然の摂理の中での共存であって人間が生存のために「核兵器」を持って争いをすることは自然の摂理の枠外であって自然界への冒涜としか言いようがありません。

 人間は他の動物と違い「思考する能力」をもつ存在ですからいい加減にその能力を「奪い合い」から共存のための「分かち合い」に切り替えないとその能力によって地球そのものを崩壊させることになりかねません。

 世界の人口の10%が一日1ドルの生活を強いられ貧富の差が拡大しつつある現代ですがそんな中でも70億を超える人々が生きているのですから食料はあるのです、しかもAI(人工知能)の時代に入っていますので今からは科学技術と自然との融合で食糧の増産も可能になり「資源や食料」のために「奪い合う」ことをしないで増加し続ける人口が「分かち合い」によって安心して生存出来る時代に入っているのです

 だから各国の為政者は「北風から太陽」に意識を切り替え「力による平和」ではなく「愛による平和」を進めないと未来は開かれないように思います。

 北朝鮮へは北風ではなく太陽のような愛ある態度で良導するようになることを祈って新年を迎えたいと思います。

  またまた今回も堅いブログになってしまいましたが当分はご容赦ください、来年からは少し勉強して柔らかなブログを心がけます。
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2017年11月30日

単なる田舎暮らしではなく未来志向の田舎暮らしを!

 利他村開村10周年を契機に11年目からは「共同体つくり」に本腰を入れた活動をしたいと思っています。

 その10周年の集いの時に「利他村村長のブログは堅すぎる・・・」とのお話を頂き「では11年目から「柔らかなブログにしたい!」と思い至ったもののいざ「面白く柔らかい」ものを書くとなるとはなはだ難しく当面は習うより慣れよで努力していくことでご容赦をお願いするしかありません 

 ところで「共同体つくり」は田舎願望の人が集うことが何よりですがやはり互いの思いが理解し合え共鳴し合える人が集わないと上手く行かないだろうと思っています。

 そのような思いをしながら昨今の人々のライフスタイルを眺めると電車に乗ると前の座席に座っている人すべてがスマホを見ているのに遭遇することもあり、家の中では語る電気製品がはびこり一昔前とは大きく様変わりしています。

 そしてはAI(人工知能)がどんどん進化して何でも答えてくれるロボットの出現や行く先を告げるだけで自動運転してくれる車の出現も間近で人々のライフスタイルはさらに大きく変わろうとしていますし、そのAIテクノロジーによる高度な情報技術社会の出現は現在の知的な職業はもとよりロボット技術の進化も相まって肉体を要する職業など人が携わるあらゆる職業を一変させるだろうと思います

 そしてこのAI(人工知能)は自己増殖的しながらロボット技術も相まって世界の経済や軍事をも一変させSF映画で描かれるような世界を創り出すように思えてなりません。

 当然にそのような世界が本当に人々に幸せをもたらすのだろうかを考えると疑問が沸いてきます。

 確かに人の知能を遙かに超えるAI(人工知能)によってもたらされる世界は一つのユートピアを生み出すだろうと思いますが、それは「0と1」の組み合わせで出来上がるAI(人工知能)が生み出す一昔前によく言われた「人間疎外」の世界で、大多数の人々はにとってはAI(人工知能)によりコントロールされた世界でもあるように思います。

 そのような人の知識を凌駕するAI(人工知能)が生み出す世界が人間本来持っている「知性」以外の「感性」「理性」そして哲学・宗教のような「悟性」を伴った「意志」をもって世界を創ることは出来ないことは自明の理で、当然に人々は「人とは何か」「幸せな人生とは何か」「知的な進化によって創り出した世界とは何か」を問い求めるようだろうと思います。

 そのようなことを思い巡らしながら利他村が進めたいと思っている「共同体つくり」は単なる田舎願望の仲間だけでなく自然と共生の中で「人とは何か」「自己増殖し続けるAI(人工知能)と進化し続けるロボットが創り出す高度な社会での幸せな人生とは何か」を語り合いながら「物と心のバランスのとれた未来指向型の自給自足的な共同体つくり」を仲間たちと農作業をしながら創り合い合えればと思っています。

 またまた堅いブログになってしまいました・・・・・・・・・ご容赦を!
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2017年10月31日

[ 「保守と革新」と「リベラル」について思う

 今回の選挙で「リベラルの排除」の踏み絵があり排除された民進党の議員がそれではと新たに「保守政党」の自民党に対する「革新政党」のとして「立憲民主党」を立ち上げ野党第一党になりました。

 その「革新政党」の代表が「私は保守リベラルです」との発言、今まで伝統や文化を守り緩やかに改革しようとするのが「保守」で、古い伝統文化を変えて新たな社会を創ろうとするのが「革新」と言われていますので「保守とは何かリベラルとは何なのか」が良く解らなくなってしまいました。

 そんな時にテレビである学者が「リベラル」とは「自由主義」のことでその「自由主義」の前提は「個人主義」ですとの説明があり、そうなると日本の憲法は「個人の尊重(基本的人権)と「主権在民」が謳われていますのでリベラル=自由主義の憲法で立憲民主党も自民党も自由主義の憲法を肯定していますからどちらも「リベラル」と言うことになります

 しかし「憲法改正」での考え方では「平和主義(第9条)の憲法を守る」と言う意味では立憲民主等は「保守」と言うことになり「憲法第9条の改定」を推し進める自民党は「革新」と言うことになり、そうなると「保守リベラル政党としての立憲民主党」「革新リベラル政党の自民党」と言うことになります。

 そしてその学者が「右翼と左翼」についてアメリカ追従による国つくりを目指すのが「右翼」でアメリカとの対等による国つくりを目指すのが「左翼」との説明があり、そうなるとアメリカ追従を進めてきたのは自民党ですから「右翼政党」で自民党と対峙してきた共産党や社会党そして立憲民主等は「左翼政党」と言うことになりそれは今までと同じで頷けます。

 しかしそうなると「右翼政党」の自民党が「革新リベラル政党」になり「左翼政党」の立憲民主等が「保守リベラル」と言うことになりここでまたすんなりと頭には入らなくなります。

 選挙中に「アウフフーベン(止揚)」と言う言葉が話題になりましたが、今までの「保守・革新」「右翼・左翼」の概念を「アウフフーベン(止揚)」して新たな次元として頭を切り換えないとダメな時代になったのかも知れません

 そのように考えると「進歩発展は物の競い合いによって成り立つ」と思われてきた時代が限界を迎えて新たな時代にパラダイムシフトする変革期に来ていると受け止めて新たな時代に相応しい「アウフフーベン」をした社会を創る時代に入ったのかも知れません。

 そして「右翼革新改革リベラル」とも言える自民党は大勝したものの、天皇を国家元首にそして権力者に守ることを強いる憲法を国民に守る義務を強いるような専制的な憲法改正は「アウフフーベン」の昇華とは逆の先祖返りの時代逆行の在り方(革新でなく超保守)で時代はそのような「右翼超保守専制的」は許さないように思います。
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