2012年01月21日

「懐かしい未来の目高の村つくりプロジェクト」がスタートしました

 コーエンさんが移住した4年前には10名の村人がおられましたが、過疎化の流れは急ピッチで今残っている村人は99才の淺霧さんと区長の中石さんのお二人になっています、訪れる人は「ここは桃源郷ですね!」と言われるように国の美しい村コンテストで表彰された村ですので、利他村にとっても何としてもこの美しい田舎の原風景を残したいと色々な場を通じて移住を呼びかけています

 そのような呼びかけもあり、昨年は念願の福井さんが移住、そして区長の再婚された姫路から奥さんが増え、さらに20代のカップルが借りれる家があればと待機中、さらに三木市で設計施工を経営されている米林さんが息子さんと目高を拠点に都市部と田舎を結ぶ事業をしたいとの有り難いお申し出もあり、さらにさらに一昨年にIターンUターン仲間で立ち上げた「21田舎町新生プロジェクト」が具体的なモデル地区を作ろうと「目高の村つくり支援」との話が持ち上がり、昨年12月24日のクリスマスの日に目高の村つくりについての集いを持ち、若い今井さんカップルの夢「懐かしい未来を創りたい」の言葉をネームつけに「懐かしい未来の目高つくりプロジェクト(仮称)」がスタートしました。

 早速、新たな年の14日に県からオブザーバー参加もあり・・・では何から始めようか・・・まずは目高を訪れる人に休める場所やトイレを作ろう・・・幸い目高が県の小規模元気作戦に参加していることから県と町に補助金の申請をしよう・・・・そして移住を受け入れる前提として空家や休田地・休耕地の所有者とその持ち主の貸家、貸地の意向を調べよう・・・・と具体的準備から取り組むことになりました。

 県と町にアタックしたところ・・・ラッキーなことに、利他村の今までの活動実績もあり即来年度の予算に組み込むとの返事があり・・・・これは春から縁起が良い!と順調な船出なりました。

 プロジェクトに参加して頂いた右田農園の右田さんからも「目高だからメダカを育てよう」・・・鹿はラベンダーを食べないし、目高をラベンダーの花畑にすれば人が集まる!・・・などなどユニークなアイデアも頂き・・・・メンバーそれぞれの夢が目高の村つくりを通して花開くことになればと・・・・夢を膨らませています。
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2011年12月31日

2012年はタ−ニングポイントの年

 終末思想があります,精神世界に興味のある人たちにとって,来年の2012年12月22日はマヤの暦の終わりの日になっており,それは地球の終わりであったり,一つの文明が終演すると日であったりと解釈がいろいろあります。

 さらにその日を境に地球の磁場が変わり,より高次な磁場の中に入り,低次な波動を持つ人は滅びるとか,UHOが大挙して現れ高次な波動の人だけを引き上げる等々の話があります。

 その真意は凡人たる者には計り知れないことで,面白い話として興味や関心は持つものの真剣に話題の中に入るのは躊躇します。

 しかし,現実的に2012年という年は世界が大きく変動する年であることは間違いありません

 一番危惧されるのはギリシャの金融危機から始まった財政破綻で,それはEU全体に波及し手の施しようがなくなっており,EU首脳が集うものの危機の先延ばしをしているだけでEU崩壊は避けられないだろうと思います。

 もう一つの危機はイランとイスラエルの関係で,一即触発の状態が続いており,イランに対する欧米の経済封鎖等がさらに厳しくなれば,現実に交戦が始まり,それは核の応酬になり,大国の利害も相まって世界戦争へと加速する可能性は大きいだろうと思います。

 さらに,グロ−バル化した市場経済と資本主義(金と物中心主義)は,自制コントロ−ル無き競争原理だけが働き,貧富の差の拡大による怒りが増大するばかりで,貧者が組織を持つとテロになり,組織無き民衆は怒りをデモによって現し,ITによる情報網の進化も相まって既成の経済システムとそのシステムによって成り立つ既成社会を崩壊させるだろうと思います。

 もはや70億人の人口と地球上にある食料(30億人分しかないと言われています)を前提に考えれば[競争原理]によるグロ−バルな市場経済制度は成り立たつ筈がないのです。

 そして2012年は世界の指導者の多くが選挙等で変わる年でもあります,しかしオバマ氏にしてもプ−チン氏にしても新たな習近平氏にしても,世界の経済危機と戦争の危機を回避させ,貧富の差の原因である食料と資源を強いリ−ダ−シップで解決できるかを考えるとそれはもはや不可能なことだと思います

 2012年は精神世界の人が言う終末思想のように,世界の崩壊は所与のこととして受け止め,心の次元を高めて他力によって救われるしか無いのかも知れません

 しかし否で,心を高めることに努めながらも神頼みは最後の手段で,世界の崩壊過程は現実的に予測できるとして,どのような状況になろうとも自立して生きれる状態をつくることだと思います

 利他村は,そのために[食の自給システム]つくりと合わせて[自然エネルギ−による自給インフラシステム]をつくりだすことだと思っています。

 そして,それぞれが,何が出来るか何をするかを基本にして,その上で相互依存の自給ネットをつくることだと思います

 2012年は確実に競争社会は危機と共に崩壊する流れを加速してゆくと思いますが,確実に新しい流れが強く出てくる年であると思います

 その新しい流れによって創り上げる社会は,競争社会から脱皮したより次元の高い共生社会だと思います。

 2012年はまさにそのタ−ニングポイントの年だろうと思っています

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2011年11月20日

日本のブ−タン[目高の村]に!

 若いカップルが借りる空き家があれば目高に住みたい!と訪れて来ています。

奥さんはインドのヒマラヤ標高4,000メ-トルの田舎の村で,昔ながらの牛を使っての農業や牛の糞で創った燃料を暖房に使い,少ない山水を利用してのタライでの入浴などの体験者,いままで世界の田舎を訪ね,そしてたどり着いた場のチベット仏教と生活が一体となったその姿に魅入られ...このままここで生活すれば日本に帰ることは出来ないと思い後ろ髪で帰国...そして日本でそのような場がないかと探してたどり着いたのが目高...[この場だ!..ここで住みたい!]と[ここにはインドでのあの姿がある]と思ったとのことです。

 そして彼女は[日本の古き原風景を残してゆきたい][懐かしき未来]をこの目高で創ることが出来るのではとの希望を語っています。

 今ブ−タンの若き国王夫妻が日本を訪問,国会でのスピ−チや地方での対話に日本の人々は[ものの豊かさよりも精神的な豊かさを大切にする国民総幸福量(GNH)世界一位)の国]の国王の醸し出す姿と言葉に新たな驚きと懐かしさを感じ癒されたのではないでしょうか

 もちろん,科学技術が進化しものの豊かさを享受している日本の人々がブ−タンの生活に[先祖返りすることは]は出来ませんが,ものの見方考え方を[ブ−タンの求める精神的豊かさ]に変えることは出来るだろうと思います。

 そもそも70億人の人口に対して30億人分の食料しかないと言われている現実にあって,もはや[ものの豊かさ競い合う世界]は成り立たなくなっています,今までの延長線上で進めば貧富の格差の増幅による混乱から,ますます争いが増え,その矛盾により世界的な経済破綻を伴って崩壊の道しかありません。

 今からは[競争よりも共生]のものの見方考え方なくして人々の幸福は実現しないばかりか世界の平和も実現出来なくなっています。

 21世紀は人々が心の奥底に持っている[懐かしい心の原点]を思い起こし,その上で人類が作り上げた科学と高度な情報技術により共生できる新たな社会の実現を創り上げれる,それができるかどうかに未来がかかっていると思います。
 
 経済成長を達成しそしてバブル崩壊を世界に先駆けて体験した先進国の日本が[国民幸福量]を指標するようになれば正に21世紀は日本が世界のリ−ダ−なるだろうと思います。

 目高の村は6月から移住した福井さん,そして若いカップルの移住が実現すれば,心の原点回帰をしながらの新たな共生の村[懐かしき未来つくり]が始まります,日本のブ−タンとして原型つくりが出来れば.....人々に明るい希望の21世紀を見える姿形で見せることができるのではと思っています

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2011年10月28日

[足りるを知る心]が21世紀の未来を創る

 高度成長期の時代の終わり頃に,物の豊かさだけの空虚から心の豊かさを求め始めるようになり,多くの新興宗教が生れ[21世紀は心の時代だ!]と言われたことを覚えています。

 しかしバブルが弾け,銀行や大企業までが倒産し経済が低迷して失業者が溢れ始め,賞賛されていた日本的経営が,容赦のないリストラや契約社員によるコスト削減とアメリカ型の株主利益を優先する経営に取って代わり,人間よりも利益追求の過酷な競争時代に入り,貧富の格差が拡大し,人々の生活に不安が生れ将来不安に見舞われるようになると,次第に心の豊かさを求める余裕がなくなったのか[21世紀は心の時代だ!]の言葉も聞かれなくなりました。

 [衣食足しすぎて飽食を知る]時代の心の豊かさ願望感は,衣食に不安が出だし出すと消え去るようで,さりとて衣食が完全に不足して飢餓状態になり社会が混乱するようになると救いを宗教に求めるようになりますが,それは心の豊かさを求めるよりも[藁をもすがる心]であって,人々が本当に心の時代を求めるのは[衣食足りて礼節を知る]諺のように,衣食への不安が無い程度の物の豊かさがあってのことだろうと思います。

 しかし世界がグロ−バルになった中で70億人の世界人口に対する食料事情を考えると,今からは物の豊かさを経験した先進国の人々は物の不足感にさいなまれ,新興国や開発途上国にあっては物の豊かさを求めるが故に物への欲求不満がつのり,世界全体に心の余裕が無くなり[21世紀は心の時代]の言葉は死語にならざるを得ないのだろうと思います。

 とは言え[21世紀は心の時代]が死語になっては未来はないのです,20世紀の先進国が得た物の豊かさを世界全体で享受することが出来なくなった21世紀にあっては[物と心のバランスの取れた共生の世界]を創るしかなく,それは[物の豊かさを競う心]ではなく[足りるを知る心]が生まれないと始まらないのです。

 残念ながら[慣性の法則]にあって人々は[足りるを知る心]と[持続可能なライススタイル]への意識変革をなすことは至難の業で,世界の経済の崩壊と多発する自然災害による未曾有の苦難を人々が共有して体験することによってしか意識変革は起こらないのだろうと思います。

 幸い,物と便利さを享受している都市部の人たちにとって,未曾有の苦難を経験することによってしか意識変革が出来にくい土壌があるのに対して,田舎には自然に[足りるを知る心]が生まれる土壌が備わっていますので意識変革が生まれやすく,やはり21世紀は田舎町から新生するのだと思っています,そしてそれは20世紀の物の時代の流れの中で限界集落になったそのような場からの方が生まれやすいのだろうと思っています。

 日本新生は都市からではなく田舎町から生まれます,平成維新は東京のような大都市ではなく地方から意識変革をした人たちによって成されるのだろうと思います。
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2011年09月30日

世界経済のメルトダウンが始まったような!

 ギリシャの財政破綻は深刻でEU諸国の財政破綻へと派生しそうで,世界経済はダッチロールからいよいよメルトダウンの様相を呈してきたように思います。

 飛躍的な科学技術の進化と力の競い合いにより創り上げた20世紀の豊かな物質文明はその歪みにより生み出された「貧富の格差」の拡大により不満が極大化してゆき、テロや民衆のうねりとなり、物質文明そのものを崩壊させる流れに変わりつつあるようで、さらにその豊かな物質文明が生みだした「環境破壊」が世界各地に未曾有の災害をおこし物質文明の崩壊を加速させているように思います。

 今回の福島原発はまさにその象徴で、物の豊かさを追い求め「命よりも経済」を優先し「不測の事故は起こらないだろう」の安全神話をつくり推進した「原子力利用」が、自然災害を切っ掛けにコントロール不能な災害を引き起こし、ようやく人々は豊かな物と便利さを追い求めた代償の大きさに気づき始めたのではないかと思います。
 
 おそらく20世紀の科学技術の成果である「遺伝子操作による生物改良」や「IPsによる生命体の誕生」も、思わぬ事故を契機にコントロール不能に陥り人々が未曾有の恐怖に襲われる時がくるような気がします。

 「原子力」「遺伝子」「生命」と言った未知の分野の科学技術は力学的な技術の開発と異なり、経済性原理だけでそのうま味を享受すると、それはまさに「禁断のりんご」であったことを、そしてそれは原罪となって未来永劫人類が負わされることに気づき始めたような気がします。

 物質文明の終焉過程にあって、今からさらに激しい経済破綻や自然災害に遭遇し、世界全体が「復旧復興」により「原状回復」に必至になると思いますが、物質文明維持と回帰のための原状回復に進めば、おそらく反作用としてテロや暴動も相まって更なる混迷をもたらすだろうと思います。

 しかし、世界が大混乱をし物質文明が終焉した後には、確実に新しい価値観と文明が起こります。

 未曾有の転換期を経験した人々の意識は、過去に回帰することはなく「意識改革」への目ざめとなり、それは次第に大きなうねりとなり新たな21世紀の時代と文明がスタートするのだと思います。

 このような時代にあって、利他村は今から起こる崩壊と混乱の時期を耐え抜き、山村の限界集落から新たな時代への原型創りを始めたいと思っています

 新たな時代は「競争原理の物の価値観の社会」ではなく「自然と共生しながら物と心のバランスのある社会」で、そのために現実には泥臭い活動から始めていますが、「自然との共生の場で」「最低限自立できる自給自足をめざし」「依存ではなく相互依存し合う横のネットを創る」活動をしながら「物と心のバランスのある意識改革」への啓蒙活動を進められればと思っています。
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2011年08月29日

国際色豊かな利他村になっています

WWOOFの海外からのウ−ファ−(働き手)が利他村を訪れ助っ人になってもらっていることもあり,将来的に日本の象徴的な限界集落から国際的なネットを広げたい思いもあり,地元佐用町の国際交流協会が毎年夏に行なっている海外から阪大への留学生の短期ホ−ムステイ(3泊4日)をホストとして受け入れました。

 利他村に来たのは中国からの留学生の譚哲君,1年半の日本滞在で日本語は大丈夫で言葉の壁は殆どなく,また外から母国を見る環境といろいろな国の留学生との交流もあり,中国の国内事情も客観的な観察が出来ているためか,日本人と中国人と言う違和感もなく息子が夏休みに帰ったような何か楽しい実のある自然な交流ができました。

 北アフリカの若者による民主革命やギリシャからスペインポルトガルにと進む財政破綻によるユ−ロ−経済圏の崩壊など古い価値観のシステムが音を立てて崩れつつある中で,WWOOFや今回のホ−ムスティのように外の世界に飛び込んでくる若者たちが,広い視野と新たな価値観で次の時代を新たにつくるのだな〜と思うと何か心がウキウキと踊ります。

 小さな小さな象徴的な限界集落の中にある利他村ですが,草原とカントリ−のロケ−ションに相応しく国際色豊かな利他村になりつつあります。
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2011年07月21日

海外から若者達が利他村に助っ人!

 WWOOF(自然農法を志向する世界的な組織で、ホスト側が宿舎と食事を提供しウーファー側が労働を提供)に加入し、5月は台湾、アメリカ、イギリスからそして6月はオーストラリアからそれぞれ3〜4間程度の日程で若者がウーファーとして利他村を訪れています。
 
 ウーファーは一日6時間の労働を提供しながら、日本では日本の農業(自然農法や有機農法)を学ぶことと日本語を学ぶことを目的にして、そして若者らしく世界を転々と旅することを目的にしています(中には日本大好き青年もいて日本移住の若者もいます)

 そのような目的意識のある若者達ですから、皆さん総じて真面目で誠実で何か一昔前の日本の青年のような素朴な感じを与えてくれ、朝夕の食事の時などそれぞれのお国の習慣や家族の話など楽しい語らいとなりホスト側にとっても新鮮な雰囲気を味わえています。

 早速、ウーファーには借り地(約60坪)に鹿イノシシ防御のフェンスと網張りと畝作りをお願いして瞬く間に小綺麗な「利他村農園」が完成しました、また懸案であった利他村のゲート柵のペンキ塗りや小屋の整理と大掃除なども完了するなど頼もしい助っ人実現は利他村にとって大助かりです。

 意思疎通は今のところお互いに片言の英語と片言の日本語に手振りや即興のスケッチなどでほぼ通じていますが、やはりホスト側としては英会話が出来ないととの思いもあり、遅らせばせながら村長のコーエンさん奮起して中学英語からの挑戦を始めています。

 そして利他村の夢の一つに「麓の目高集落の新生(棚田の再生と移住者が増える)」があり、今から海外から多くの若者が利他村をおとずれ、利他村農園と目高集落再生への大いなる助っ人となって、それも国際交流というおまけ付きで、まさに夢に一歩近づいたかな〜と喜んでいます。

 このようにWWOOFへの加入が利他村とって新たな展開への始りをもたらしています。
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2011年06月15日

今回の大災害で人の意識もライフスタイルも大きく変わる!

 豊かな生活を求めるために自然を克服して創り上げた文明が大自然の活動にあってあっけなく崩壊した今回の大災害の体験は,人々の意識を大きく変え,世の在り方に大きな変化を生み出したように思います。

もともと人は大自然の摂理の中で自然と共生してしか生きることが出来ない存在で,ただただ大自然の活動を受入れ,ただただ大自然の活動によって生じる苦難を和らげる防御技術を高め,災害時にあっては,過去の苦難の経験で得た智恵を伝承し続けることしか無いことを改めて気づかされたのではないでしょうか。

 特に地球上のあらゆる生命の源でもある[遺伝子]と同じく地球上のあらゆる物質の源である[原子]は言わば創造主の道具で[浅はかな人間知]による[損得や便利さ]で人間の道具にすることは[禁断のリンゴ]を食べるが如くで、原発の建設は正に[バベルの塔]の如く崩壊する定めなのかも知れません。

 3度にわたる原発事故によってようやく日本だけでなく世界の人々が,科学の進化を過信し増上慢になり創った原発が未知なる恐怖に変わることを解らされたようで、もはやエネルギー源を原発に求めることはなくなり、大自然が与える循環型再生可能なエネルギ−に求めるのは自然な成り行きで,人々のライフスタイルも科学至上の物質的豊かさと便利さを志向することから次第に自然との共生に基づく心の豊かさとロハスな志向を求めるようになるのも自然な思いだと思います

 とは言うものの「力と欲の原理」で世界を支配したいと言う人々は[遺伝子]や[原子]を人間の道具として手に入れようと,今後も権力と財力を駆逐して情報支配と組織支配によって躍起になるだろうと思います。

 しかし、今回の大自然災害と原発の人災を体験した多くの人々の意識は、もはや「原発」に頼るエネルギーに回帰することはなく、また物の豊かさと便利さに比重を置いたライフスタイルにも回帰することなく、確実に新たな価値観の時代を模索するようになり、日本も世界も世の在り方を大きく変ようとする流れが創られるだろうと思います。

 地球も生命体としての新たな活動が始まっており、天変地異は更に激しくなり中に有り、日本も世界も政治・経済の大転換期に伴う混乱の中に有り、新たな流れはその困難な時期を乗り越えることによって始まり大きな流れになってゆくのだろう思います。

 いつの文明も、このような生命体としての地球の活動の大変換期と人類の価値観の大変換期が重なり合い古い文明が破壊と終焉を迎え、この苦難の時期を乗り越えて新たな文明を創造されれゆくのだろうと思います。

利他村はそのような時代背景を予見しながら、新たな時代のライフスタイルの原型が創れればと始めていますので、そのような思いの人たちが集い模索しながら進めていきたいと思っています。   
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2011年05月30日

待望の移住者が目高に!

小規模集落元気作戦に手を挙げたものの我が目高集落は象徴的な限界集落ですので,何と言っても移住者が増え[老・荘・青]そして子供が住む小規模集落にならないと元気作戦のスタ−トを切ることが出来ません.....その為にまずは目高の良さを知って貰おうと都市部に呼びかけイベントなどしていますが....[え−とこやな〜]との声は頂くものの[田舎に住みたいな〜]から[実際に移住する]には[家庭の事情][仕事の事情]そして[田舎町での老後の医療や介護のこと]など考えるとハ−ドルは高く,ポリシ−を高く掲げ一大決心がないと難しいのです。
 
 ましてやリタイア年齢でない勤労世帯の移住となると,田舎町の行政側の[生活支援][起業支援][住宅支援][子育て支援]がないと現実的には不可能で,田舎町への移住は[言うは易し行いは難し!]なのです。

 ところが目高集落に待望の移住第一号が出現...51才の男性:福井さんが6月から目高集落に仲間入りです!...平均年齢80才の集落にあっては51才は待望の若手.お人柄も温厚で希望は[農業で新たな生き方をしたい!]で[美しい村目高が気に入りました]とのこと!,目高での住まいは空家の古民家で,友達の大工仕事が好きな仲間に手伝ってもらって少しづつ造作をするとのこと!...今の日本の中で新たに農業で生計を立てるなど余程の経験と栽培技術と販売戦略などなければこれも[言うは易し行いは難し!]で,何と言っても福井さんの夢と情熱と信念にかかっているとしか言いようがありません。

 当面は農業以外で生計を立てながらここ一年は農業の実体験の勉強をするとのことで,利他村の今年の目標の一つが利他村農園を本格的に立ち上げることで,将来は目高集落の休耕地の再生を掲げていますので,何らかの形で福井さんの夢の実現を支援をしてゆければと思っています。

 福井さんに取っては大きな挑戦で試練もありますが,今年に入り[移住と起業を目的]にスタ−トした[21世紀田舎町新生プロジェクト]にとっても[利他村]にとっても,福井さんの目高移住は,小規模集落元気作戦にぴったりのスタ−トで本当に嬉しい嬉しい出来事です。
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2011年04月28日

限界集落に200人を越える人が    ・・・しかし本当の元気な村つくりは!

 桜咲く4月に入り、利他村が主催した食のフェスティバルには、青空の下で京阪神から100人を越える人たちが集い、利他村創作料理「チーズ鍋」に舌鼓をしながら360度パノラマ展開に響くシャンソンの歌声を楽しんで頂き、また「美しい村目高集落にようこそ」と呼びかけた「上月城跡歴史と自然の遊歩道散策い」には、雨にもかかわらず近隣市町村から100人以上の参加があり、明治初めは33軒約150人の老荘青子供のいる小規模集落が、戦後の高度成長期時代の都市への人が流れと、成熟社会に入ってからの少子高齢化の流れに流され、住人7名(5軒)平均年齢80才の象徴的な限界集落になった目高集落に200人を越える人たちが訪れたのです。

 目高集落のような限界集落になれば、もはや中から元気になることは不可能、さりとて財政難の国や地方にあって行政の力で蘇らせること無理で自然消滅の廃村集落への道を歩むしか残されていません、そんな廃村集落寸前の集落に200以上の人たちが訪れたことはおそらくビックリ驚嘆のニュースだろうと思っています。

 そしてこのビックリニュースが起爆剤になり、他の集落や地域に波及すれば本当に嬉しくやり甲斐があるのですが「変化を求めたがらない依存型の村社会」の波動が残る田舎町にあっては、どうしても外から来た人が創った「利他村」がやったこと、と興味はもたれるものの「よそ者に負けないで自分たちも立ち上がろう!」との意欲にはまだまだつながらないのです。

 限界集落に限らず疲弊した田舎町が蘇るには、外から多くの人が参加する行事だけではなく、人が移住する仕組みを作ること以外道はないと思っています。

 その為には行政にも働きかけながら、また地元農林商工業者と積極的な起業促進をしながら、移住環境を整え、そして移住者実績をつくることが何よりも大切で、その上で「やってみて言って聞かせてさせてみて・・・」で無ければ人は意欲的にならないし蘇りはないと思っています。

 新たな共生の村つくりの前にそびえる現実的な壁を乗り越えない限り、物と心のバランスのとれた愛ある共生の村つくりもないと思っています。

 しかし、新たな時代への創世の挑戦をしているのだと思うとこれも又楽しです
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