2016年07月31日

「物の世界」と「心の世界」

私たちは「物の世界」と同時に「心の世界」を生きています

「物の世界」は空間と時間のある目に見える有限で相対的で自分を全体の中で客観的に判断して生きる世界です。

「心の世界」は空間と時間の制約がなく主観的に思い描くと心の中で即実現する唯我独尊の世界です。

 したがって「心の世界」は主観的で自由自在に思いが即実現する世界ですから本来「苦悩」など起こりようがないのです。

 ところが私たちが誰もが「苦悩」するのは「物の世界」に生きているからで、いくら自由自在に「心の世界」で思い描いても空間と時間の枠の中で社会や他の人との葛藤もあり即実現しませんし、もう一つは「物の世界」では「肉体」を維持しなければ生きてゆくことが出来ないことでで肉体の生存欲求も「物の世界」の制約の中では思いどうりにはならず生きる過程では誰もが「苦悩」するのです。

 このように「苦悩」は「心の世界」発ではなく「肉体を持って物の世界」を生きていることに「原因」があり「物の世界」では誰もが「苦悩の罠」から逃れようがありません。

 とは言うものの私たちは決して「苦悩」する為に生まれているのではなく「苦悩の罠」から逃れる方法がある筈で、幸いなことにその方法を教えてくれているお釈迦さんやキリストなどの預言者(神の言葉を預かる聖者)がいます。

 それらの聖者は「苦悩」は「肉体や物の世界」の中で解決しようとしても「ミラ取りがミイラになる」だけだ!・・・「苦悩」から逃れには「物の世界」に生ずる苦悩に心奪われて生きるのではなく、「心の世界」を出発にして心の法則を気づき「物と心のバランス」をとって「物の世界」で生きれば「苦悩の罠」から逃れることが出来ると教えています。

 残念ながら、現在の世界や日本はそのようになっているとは言えません「自由・平等・博愛」や「民主主義・基本的人権・平和」と言った「物と心のバランス」の願いがある一方で「物の世界」での「生存欲求」を原因とした「競い合い」の流れがますます激しくなり、今や国連も各国もその流れにブレーキがかけられない状況になっおり、日本でも海外に武器を持って戦うことが出来るようにするなど「ミイラ取りがミイラになる」ようなで状況を創りつつあります。

「心の世界」には本来「調和・愛」の波動ががあり、そこからは必然的に「分かち合い」「共生や平和」の思いが生まれます、その思いを出発にして「物の世界」で「肉体」を維持する生き方が「苦悩の罠」から逃れる方法で、そのような世界を創る為に私たちが生きているのが本来の目的のように思います。

 今の世界や日本の在り方からは「物と心のバランスのとれた物の世界」を作るのは難しいと思いますが、さりとて「苦悩ではなく夢のある世界」を創りたいと思っていますので、まずはそのような思いの人たちと一歩一歩利他村の共生の村つくり活動が出来ればなと思っています。
posted by コ−エン at 17:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記