2020年09月30日

管新首相が掲げた「自助・共助・公助」について思う

 支持率が下がっていた安部前首相の退任を歓迎している1人ですが首相としての実績も無く安倍政権の政策を引き継ぐとした管新首相が国民の高い支持を得ているのに首をかしげている1人です。

 安部政権の政策を引き継ぐのであれば説明がされないままになっている「森友・加計・桜を見る会」についても「公文書の破棄・改ざん・隠蔽」と言った民主主義政治そのものの根底を覆した安部政権の責任と政権としての国民への謝罪がないとダメでそれを過去の話であると言い話す姿勢には期待どころかうんざりするばかりです。

 そして新首相として掲げたのが「自助・共助・公助」の誰もが頷ける言葉です。

 しかし「民主主義の国」として民の1人1人の成長も国の成長も民の「自助努力」なくしてないことは充分承知していることで上から「国」が示めさなくても解りきったことです。

 国が示すことは民が「自助努力」してゆける環境を示し国が責任をもって実行する「公助」を具体的に説明して知らしめることです。

 当然「共助」も国民1人1人の「自助努力」だけでは困難なことを互いに助け合うことも解り合ったことで「共助」も国が示すことでは無く「共助」しやすい環境つくりすなわち「公助」として実行することで「公助」だけを示すだけで良いのです。

 それを国の首相が「公助」の実行を具体的に示しすことなく大上段に「自助・共助・公助」を掲げるのは責任転換としかしか言いようがなく、またそれを良しとする与党の見識の無さに首をかしげざるをえません。

 コロナ前から金融破綻から経済破綻の危惧が言われていたところにコロナパンデミックそして昨今の未曾有の自然災害の多発なども相まってコロナ後の世界は確実に世界の政治・経済・社会の混乱が予測されます。

 そのような時期は過去の歴史から戦争にと繋がっていますので再び戦前のような風潮が社会に漂いはじめるのを危惧していますし、そのようになると国はマスコミをも支配下にした中央集権的なあり方に変わり人々は次第にそのような流れに流されるようになってゆきます。

 そのような時代の流れが予測できる現在、安部首相が遺産のように残した「積極平和主義」も菅首相の「「自助・共助・公助」も言葉の響きは良く頷ける言葉ですが理由も定かで無く高い支持を与えていることに危惧を感じると共に誤った方向に進める一歩のようにも思っているひとりです。 
posted by コ−エン at 14:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記