2021年06月30日

コロナの国難と政権運営の低迷による国難の克服の第一歩はまずは政権交代から

 国難とも言える新型コロナ感染中のオリンピックに「充分な治験もなくリスクも明らかでないワクチン」に対する警告情報も「デマ」と決めつけ、何が何でも「ワクチン接種で集団免疫をつくり打ち勝とう」と開催を推し進める現政権に危険なものを感じています。

 特に安倍政権から管政権の国会運営は絶対多数を背景に充分な説明のないままの強行採決や権力に不都合になれば国会閉鎖が当たり前のようになり、違法とも思える首相の言動に与党議員や官僚の忖度で有ってはならない嘘とはぐらかし答弁が横行し、犯罪行為とも言える公文書の隠蔽、改ざんまで行われ、そのような国会運営に与党の自浄作用が働かないばかりか、財界や司法やましてやメディアまでもが忖度体質に覆われ、またアベノミクスの成果はなく貧富の格差が拡大して一人一人の国民の所得は減少し国の活力そのものが低下し先が見えない状況になっていることこそコロナ以上の国難のようにも思えてなりません。

 そのような、政治不信と活力低下を乗り切るための現実的一歩は何と言っても「政権交代」で、野党が党利党略の小異を捨て政策的に一致できるテ−マだけを掲げ統一候補を立てて選挙で過半数を勝ち取ることで、政権交代後はコロナ後に生ずる世界的な経済破綻(恐慌)を「国民の生活」に焦点を合わせて乗り越え、もはや核.細菌.化学等の近代兵器や無人兵器での戦争は起こせば全世界の破壊になることから、力を背景にした競い合いのための国創りは終わりで、国民の生活を第一と掲げ世界全体が共生する秩序創りに焦点を合わせた政権運営で国難の危機を乗り越え新たな未来社会を目指すような国創りなればと思っています。

 その理想とする未来社会は、過去の「自然を破壊することで物の豊かさを創りだした世界」ではなく「自然と共生し豊かな心と豊かな物のバランスの取れた維持可能な世界」と思っています。

 コロナで言えば「人類は細菌と戦い共生して乗り越えて来た」ように「細菌に戦いながら細菌そのものを絶滅させるワクチンではなく、進化し続ける細菌に過去幾度もあった細菌との戦いで培った抗体力と自己免疫をた助けるワクチン開発」で乗り越え、現実世界で言えば「ものに比重を置いた豊かさ」だけではなく「心に比重を置いた豊かさ」を取り戻し「人が本来もっている物と心のバランスある進歩と調和のバランスのとれた維持可能な共生型の未来社会」を創ることだと思っています。

 それはノアの時代のように神の計らいで大洪水を乗り越え神の導きでノアの家族から新たな世界の始まりに導かれるような他力に委ねるのではなく、今回の新型コロナの大洪水を乗り越えるのは、神は人類自身が反省をし目覚めることで人類自らに未来社会つくりを委ねられているように思えてなりません、ワクチンも人類の傲慢な欲望が入り交じった知恵で、神の領域ともいえる遺伝子組み換え操作で乗り越えようとするのはまさに現在のバベルの塔の建設で、その結果はバベルの塔以上の災いが待っているように思えてなりません。

 今回の新型コロナの国難と政治の堕落はまずは「人の命よりも政権維持を優先するような政権」を交代させ、民の維持可能な生活つくり政策に焦点を合わせ、細菌には神から与えられた自己免疫力と自然治癒力を高める知恵でもって乗り越え、真の人間(ものと心のバランスの取れた人間)として、縄文時代の人々の精神性を取り戻した上での知的科学技術の豊かな未来社会に向かうようになればと夢見ています。
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2021年06月01日

現在の大洪水を、現在のはこぶねをつくり、現在のアララト山に辿り着き、あらたな始まりをめざして!

コロナ感染の状況からは考えられないような「人命よりも政権優先」で長年必要な治験もないままに人体への影響も定かでない遺伝子組み換えワクチン接種を国民に煽り「何が何でも開催を」と突き進む政権に結局は黙認してしまうような社会には歯がゆさを感じています。

 大きく変わる「コロナ後の社会」にあって、細菌と人間が共生してきた歴史を踏まえた対応で危機を乗え、新たたに始まる世界を示し、人々を導くリ−ダ−が何故か与党にも野党にも現れないのかと思うと、現在が何か人知を超えた流れに入っているのではとの思いを強く持つようになっています。

 確かに物の豊かさの競い合いにより成長を続け到達した現代社会を俯瞰すると、そこは「貧富の格差の固定化」と「差別.排他.分断の増幅」の調和なき世界で、しかもそれに対する自浄能力をも失ってお手上げの状態で、何かの切っ掛けで現代文明そのものが終焉する寸前にあるようにも思えます。

 もし、人知による高度な科学技術を持ってしても終焉の流れを押しとどめられないとすれば、それは旧約聖書にある神との契約を破り堕落した人類を大洪水で終焉させ、選ばれたノアの家族8人と一対づつの動物が箱舟で40日40夜の嵐の中を耐え忍び150日漂い続けアララト山に辿り着き新たな人類の始まりとなったように、人知を超えた計らいでコロナを切っ掛けに更なる自然災害や金融破綻など現在の大洪水により人類を終演させ、選ばれた人々によって新たな始まりへと導くシナリオではないのかなとも思えます。

 新たに辿り着くアララト山は何処かは定かではありませんが願わくば日本からと願いたいもののそれは神のみぞ知ることで人知を超えたシナリオに委ねるしかありません。

 利他村は必ずしも現在の箱舟をつくり、大洪水に耐えながら新たな世界を創ろうとする仲間ばかりでとは言えませんし、またそのような思いをもつ仲間はマイノリティー(少数派)そのものですが、現在を大きな時代(文明)の端境期に生じる危機の時代にあるとの思いは共通していますので、まずは現実的に「食の自給自足の準備」を遅々たる動きですが着実に進めようと取り組んでいます。 

 勿論、目標は高く「ものと心のバランスのとれた、愛ある共創共生の村つくり」で、イメージとしては一万年争いのなかった縄文時代の自然と共に神と共にあった人々の精神性の復活を土台にし高度な科学技術とのバランスのとれた世界です。

 強がりでマイノリティーで独りよがりな思いですが、現在の大洪水を、現在のノアの箱舟をつくり、現在のアララトさんに辿り着き、思い描く新たな始まりつくりへの大冒険も、何もしないままに危機の渦に流されるよりも楽しく生きがいのあるあり方だと思っています  
posted by コ−エン at 08:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記