2016年04月30日

「パナマ文章」などの機密情報の公開は新たな社会への始まりのような気がします

「租税回避地」を利用した「課税逃れ」が「パナマ文章」で一部公開され5月には日本の企業や個人の名前も公表されるようで貧富の格差が拡大固定化する世界にあって今後大きなうねりとなって世界を震撼させ続けると思います。

 秘密情報の暴露については既に元CIAのスノーデン氏による米政府の機密暴露やウィキリークスによる膨大な機密情報の公開などIT(高度情報化)社会にあっては国家情報や企業情報の「秘密を守る」こと自体ますます難しくなってゆくだろうと思います。

 そもそも国家でも企業でも個人でも秘密が無ければ互いに疑心暗鬼が起こることはなく「安心」と「信頼」が生まれるのですから「秘密を保護」するよりも「秘密を公開」することに焦点を当てるのが民主主義の社会だと言えます。

 とは言うものの私たちは時間のある世界に生きていますので一定の期間秘密にすることで安心安全が守られ不利益を被らないことから秘密を保護するのも仕方の無いことだと思います。

 しかし民主主義は「民が主権」をもつ社会ですから民が持っている個人的な情報を保護することは当然のことですが、国家権力が持っている秘密の保護はあくまで「民の同意」が必要で、国家が持つ機密情報は一定期間が過ぎれば必ず公開することで民主主義社会そのものが成り立つのだと思います。

 先に国家の秘密保護を前提に制定された「特定秘密保護法」も一定期間秘密を保護することで国民の生命財産を守ることを理由に作られましたが一定期間過ぎても公開されないようではそれは悪法と言えますし、また他国から攻められた時や未曾有の自然災害に遭遇した時には即対応が必要なことから「緊急事態法」の制定が予定されていますが、この法律は緊急時に「憲法」を越えてすべての権限を内閣総理大臣に委ねることになりかねないことから一つ間違えると独裁政治も可能にする法律と言えます。

 したがって秘密を守る「特定秘密保護法」や情報統制も可能とする「緊急事態法」の行使については「民の同意」と「民の監視」の制度を確立しておかないと民主主義の破壊にもなり、もっとも優れた民主主義憲法と言われたワイマール憲法下で生まれたヒットラーになりかねません

 今後は秘密を知られたくない多国籍企業や富裕権力機構は権力側に圧力をかけ「秘密保護」と「秘密を暴露する民への監視」を強めるだろうと思いますが、進化し続けるIT(高度情報化)社会にあっては権力機構が力でもって秘密を保護し続けるのは難しく、大多数の人々の機密公開要求は激しくなり、またそのような人々の怒りを背景にした過激なテロも激しくなるだろうと思います。

 このようにIT(高度情報化)社会にあっては方向は結局は「秘密のない世界」をどのように創るしかなく今回のような「パナマ文章」など機密情報の暴露は、競い合いを前提に成り立つ物質文明が限界を迎えて秘密のない新たな民主主義文明への端境期に生じる古いシステムの破壊過程の現象のような気がします
posted by コ−エン at 15:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/175103925
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック