2018年11月18日

「食品が心配」一体どうなっているの?

 利他村ダーチャの里つくり(週末は田舎で農園暮らし)の目的の一つに「無農薬栽培での自給自足があります。 

 勿論今は地元の養豚場から豚糞とEM菌を混ぜた肥料を無料で分けてもらい使っていますが目指すは「自然農法」で種は「在来種(地方の風土に適し長年栽培または飼育されているもの」です

 そんな思いを持っていますので「食品添加物・遺伝子組み換え・農薬」については強い関心をもって取り組んでいます。

 ところが、アメリカが離脱したTPPを日本が率先して働きかけ批准をしたことや種子法が改正されようとしていることを非常に危惧しています。

 生命や健康に影響のある「遺伝子組み換え食品」「食品添加物の加工食品」を国民に充分な説明も無しに受入れ人々が充分理解しないままに食べ続けると、当然に「癌や奇形・奇病」が増えことは容易に想像が出来ます。

 TPPは経済的に弱い国々がブロックを作り、関税を撤廃し、物・金・人の移動を自由にして互いに共存共栄させようとするそのことは決して悪いことではありません・・・しかしそのための共通のルールが必要でそのルールが多国籍企業の利益のためや経済的に弱い国々を支配するようなルールになり、それに従わないとダメと「あまいルールの遺伝子組み換えや食品添加物使用の農産物」を入れさされるようになると話は別で、また安いコストの畜産物が入ることによって国内の農家が成り立たなくなり、たとえ海外の富裕層相手に農産物を作ることはあってもすべての農家が対応できるわけでは無く確実に食品自給率は低下することになります
ます。

 また「種子法」の改正によって守られてきた「在来種」の使用も制限されるようになり、海外の大手の種業者から「遺伝子組み換えのF1種(一年限りの種)」を購入することになり、その種によって農家が栽培する農野菜がスーパーに並び知らない間に口にすることになります。

 残念ながらそのことについて一強体制の現政権は充分な説明をしていないでおきまりの強行で法案を通しており、ばらばらの野党にも期待が出来ない状態にあります。

 しかし、危惧や疑問をもっていても日々食べてゆかないと生きてゆけないことで、何はともあれ安全安心の農野菜だけでも自己防衛するしかなく、利他村ダーチャの里つくりでは仲間が食べる農野菜については「無農薬栽培による自給自足」を目指して「週末は田舎で農園暮らし」の活動を進めて行きたいと思っています。
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2018年10月12日

沖縄知事選の結果が一つのターニングポイントになれば!

 沖縄の知事選では組織票固めを徹底し必勝態勢で望んだ与党の自民党・公明党・維新が玉城デニー氏に8万票の差を付けられ翁長前知事の弔いの心情があったものの沖縄の人々の民意どうりの結果になったなと思っています。

 選挙制度もあって25%の支持率の自民党が70%以上の議席を持ち、その結果安部一強体制が出来、強権政治と忖度政治によって民意ではない「憲法改正」や「原発再稼働」が進み「武器輸出」や「自衛隊の海外派遣」を強行する在り方に疑問と恐ろしさを感じていた人も多くいたと思いますがやっとその流れに風穴が空いたなと感じています。

  そして今回の沖縄知事選が一つのターニングポイントになって「平和のために富国強兵」「自衛のために軍事力強化」と言った時代錯誤の未来志向ではなく、日本人が潜在的に持っている和の精神からの「武器なき平和」と言った未来志向への民意に流れが変わるのではと期待しています。

 おそらく、今回の民意は安倍政権の進め方が変わらなければ来年の地方議員選挙や参議員選挙で自民党・公明党の議席を大きく失なわせる流れに引き継がれるようになると思います。

 勿論、その後は野党も含めて混乱して政界再編成が行われていくだろう思いますが、かと言って新たな日本を示し導くリーダーが即誕生するには至らず、おそらく朝鮮の南北統一が実現して東南アジアに平和の道のりが見え、また中東の戦争の危機がアメリカ・ロシア・中国の大国のリードによって治まり世界に新たな秩序の流れが生まれることによって始めて日本の大転換が余儀なくされその課程で新たなリーダーが誕生するのだろうと思います。

 また時代そのものも「核・化学・細菌の高度な無差別な殺戮兵器」と「AIによる無人ロボットの軍事兵器」によって一度戦争が始まると地球そのものが崩壊することから「武器なき平和」を創るしか未来はないものの、現実には戦争を起こすことによって利権と支配を維持してきた旧勢力(国際金融資本と軍産複合体など)の存在がありその勢力を排除するには「戦争を起こさせない力を持った新勢力」がないと難しく、そのような新勢力を支えるのは一人一人の「武器なき平和」を願う民意の高まりと連帯の力があって始めてできるのだろうと思っています。

 考えるまでもなく世界の人々の殆どは「武器なき平和」を望んでいるのは明らかでそれが「民意の原点」でもあると思いますので、今回の沖縄知事選で示された「民意」を一つのターニングポイントとして「武器なき平和」を目指すあらゆる政治・経済・立法・司法・マスコミに携わる人々が声をあげるようになり、そしてそれらの人々や団体の連帯が生まれるようになれば希望ある新たな世界と新たな日本が生まれるのだろうと思います。
 
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2018年10月01日

「南北統一」によって「東南アジアの未来に光が灯る」

 安倍首相が3選されて最初に話したことが「自民党議員から支持を得た」と国民の半数以上が反対の「憲法第9条の改正」を秋の臨時国会に上程するとのこと国民が願っていることではないのかなと思います。、

「9条を改正」して軍事力の強化を進めようとしている日本の方向は現実の東南アジアの情勢の変化には逆行しているように思います

 今年に入り南北朝鮮が「終戦宣言」と「軍事衝突をしない協定」に合意して「南北統一」に向かうことが明らかになり、世界に混乱を種を蒔いているかのトランプ大統領も一方では古い世界を支配していた「金融支配勢力」と「戦争屋」と言われるグループの圧力をはねつけ「南北統一」を進めているようで、プーチン氏も周氏も歓迎をしていることから東南アジアは新たな平和の秩序つくりに向かうことが確実になったように思います

 ところが「北朝鮮からの危機」を煽り憲法解釈で「集団的自衛権を認め」専守防衛にも役に経たないと言われる高額なイージス・アショアの購入などの軍事力強化は時代逆行発想としか思えません

 軍事圧力や経済圧力ではなく今の「平和」への流れを千載一遇のチャンスとして「平和憲法」をもち「戦後73年戦争をしてこなかった」実績をもって周辺諸国と世界に向けて平和をリードするのが日本の進むべき姿のように思います。

 もちろんアメリカが戦争終結の条件としている北朝鮮の「非核化」については「北朝鮮への先制核攻撃をも決めたことのある核保有国のアメリカが「体制保障」をしない限り北朝鮮が応じないのは当然のことで「即非核化」も現実的には不可能なことで、おそらくアメリカが「体制保障」を段階的しながら「終結宣言」をして「米朝の平和条約」から「南北統一」の実現に進むしかないように思います。

 最初、南北統一については自由主義国家と金体制の独裁国家との統一後では有権者の多い韓国大統領が選出されると思われることから金正恩氏の位置づけが難しく、また経済的にも大きく格差のあることから「韓国国民」の同意が少ないのではと思っていましたが同一民族の遺伝子は体制の相違など遙かに超えており南北共に歓迎が圧倒的で、また金正恩氏も「韓国国民」からもリーダーとして認められる確信を得たのか良く決断できたなと思っています。

 そうなれば「休戦中とは言え戦争状態」があった時代に生じた「拉致事件」も「終戦宣言」され「日朝平和条約」を結び統一「コリア」の経済支援が始まれば解決に向かうしかなく、また資源国の北朝鮮エリアの開発は日本にとっても魅力的な投資になると思います

 何はともあれ「朝鮮半島の統一」に向かってどんどんと具体的な行動になっており、何をするか解らないと思われているトランプ大統領ですが「金融資本やいわゆる戦争屋の圧力」に屈することなく「終戦宣言」をするようになれば東南アジアは「新たな平和に向かって未来が開ける」だろうと期待しています
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2018年08月29日

古い時代が壊れ新たな時代へ兆候が見えるようになってきた!

 亜熱帯に入ったような猛暑の夏で異常な台風の発生と異常な進路などで各地で災害が多発し東南海地震の発生の時期にも入っていますのでイージスアショアのような軍事兵器購入よりも老築化しているインフラの整備にお金をかけるのが国防のように思っています。

 しかし安倍政権の「国土強靱の主張」はインフラよりも「軍事的強靱」を目指しているようで、南北朝鮮統一の動きが進んでおり,トランプ氏とプーチン氏の連携もあって中東での戦争の危機も勝敗がつきそうで日本周辺での戦争の危機はなくなりつつあることから軍事力増強は崩壊に向かう古い時代の幻想で足掻きのように思います

 世界は確実に「力による競い合い」の時代が崩壊に向かい「新たな平和の創造」の時代に向かっているように思います。

 その新たな創造の動きが見えるのはAI(人工知能)やブロックチェーン(分散型自立組織)のような新技術でそのような新たな技術進化は社会の在り方を大きく変化させ、そのことによって人々のライフスタイルや価値観が変わるようになることによって平和な世界へとシフトアップさせるのだろうと思います。

 従って私たちは今起こっている古い時代の崩壊現象に飲み込まれるのではなく新たな時代へのライフスタイルと意識変革に目を見開き自らをシフトアップさせることで淘汰の試練を乗り越えながら新たな時代へと進化するのだろうと思っています。

 このような文明の端境期にあるものの、残念ながら日本では安倍首相は「憲法第9条改正」と「美しい日本」を念頭に国の在り方を進めようとしていますが森友・加計問題や議事録隠しや改ざん、そして明らかに殺生与奪の人事権を持つ安部首相の下で忖度と保身丸見えの議員や行政の不祥事など「醜い日本」そのもので、逃げとはぐらかしや責任逃れの安部首相の答弁は決して「美しい日本」を目指しているリーダーとは思われません

 「美しい日本」の精神はリーダーは「言い訳しない」「部下の不始末は理由の如何を問わず責任を持つ」ことで、そのような信頼と徳を備えたリーダーを信頼する民があって言えることで、さらに「戦前回帰」のような「憲法第9条改正」により戦前の天皇主権の軍国主義のような強権政治を推し進める国では決してありません

 GDPが伸びているとか求人倍率が伸びていることで支持率が大きく下がらないことで3選がほぼ確実のようですがこれも文明の端境期に起こる崩壊現象の過程であって、3選後にはおそらく新たな不信と混乱が生じるようになり政界再編など伴いながら新たな創造的な日本が見えるようになるのだろうと思っています。

 AIやブロックチェーンなどにより新たな社会とライフスイルが「人とは何か」「人間復興とは何か」への意識の原点回帰をもたらし至る所で創造の芽が吹き出し新たな時代を生み出すようになるのではと思っています

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2018年07月10日

人工知能(AI)とロボットによる第四次産業革命の時代で私たちは!

 今やチェスや将棋を人工知能(AI)が負かしAIでの作曲やAI小説も可能になって後20年もすれば人がしていた仕事(肉体労働・事務労働・頭脳労働)や芸術のほとんどをAIとAIロボットがするだろうと言われています

 そして「脳をAIにコピーをしてAIと遺伝子工学により再生される臓器とAIロボットによって肉体を代替させて人は死ねなくなると言ったことが現実に起こるかもしれません

 当然にそのような世界はSFでおなじみの「ターミネーター」が人がしていた労働や活動のほとんどを行う今と全く異なる世界の出現です。

 少し薄気味悪い感もしますが「数学的や論理的で高度な知識」によって「人がしていた労働(仕事)」を「AI」とロボットが受け持つことによって人は働かなくてもよくなりBI(ベーシックインカム)により基本的な生活が保障され当然に医学の進歩により病気が克服されればそれは人が理想としてきた一見ユートピア世界と言えるようにも思います。

 しかし、それは物質的なユートピア世界であってAIはそもそも「1」と「0」で成り立つ無機質な「数学的や論理的な高度な知識世界」であって有機的な存在としての人が本来潜在的に持っている「魂」とか「良心」をAIが持ち得るのは無理なことで当然に「愛や勇気」や「創造的なひらめき」は無理なことでそれは人の分野だろうと思います。

 ですからAIとロボットの時代にあっても人として潜在的に持っている「愛や勇気や創造的な活動」の分野は無限にあり決して人の仕事や活動がなくなることはない思います。

 そして人は今までのような世界の出来事を見聞きし味わい体感することで物を見て考え心動かされる存在だけではないと思うようになり「物質的豊かさ」に比重を置き追い求めてきた在り方から「物と心のバランスのとれた愛ある豊かさ」に比重を置いた在り方を求めるようになると思います。

 したがって第四次産業革命として始まっている時代での生き方はAIとロボットによって生み出される物質的な便利さと豊かさを上手く受け入れながら、人が本来もつ「魂」とか「良心」から生ずる豊かな生き方をどのように創っていくかどうかで大きく変わるように思います。

 そして過去の産業革命により強力な物の所有と権力を生み出すようになりましたが、高度に進化した現在のAIによる軍事兵器にあっては「戦争を起こせば世界の破壊」につながることから「戦争を起せない」時代に入っていますし、より高度な情報化社会にあって特定の権力者だけが情報を持ち続けるのは無理になることから第四次産業革命は強力な所有と権力を生み出すのではなく分散型のフラットな「平和な世界」の道を生み出すだろうと思っています。
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2018年06月20日

「大国が謙虚になり小国から信頼を得られれば「平和」が生まれる!」

 米朝首脳会談で「体制保障と非核化の共同声明が調印」され「戦争」ではなく「平和」に向かって扉が開かれたのは本当に嬉しいことだと思います。

 大国アメリカの圧力に対し小国北朝鮮が国民を犠牲にしてまで核保有国を目指したのは解らないことではありません。

 そのような背水の陣にある北朝鮮に大国が「非核化をしなければ攻撃するぞ!」と迫れば小国は敗北を覚悟で抵抗し「暴発」するのはあり得ることで、そうなれば「核や化学・生物兵器」の時代にあっては世界的な混乱と破壊に繋がるのは当然に予想できることで始めから「圧力ではなく対話の道」しかないのはわかりきったことだろうと思います。

 そのような意味では今回トランプ氏の「脅かし」をしながらも強者が強引に弱者を従わせるのではなく弱者のプライドを忖度して「謙虚」に「平和の保障」を示しながら「非核化」に向かわざるを得ない運びへと導いたのは見事だったように思います。

 しかし「戦争」ではなく「平和」への道を開いたものの現実には「戦争」により利権や支配を強めてきた産軍複合組織(いわゆる戦争屋と言われる組織)があり具体的な体制保障や非核化の交渉の課程で抵抗を強めてくるのは明らかで「平和への道」にはさらに難しい難問と試練があるだろうと思っています。

 そして日本には「拉致問題」もあり、果たして「積極的な圧力」を主張し続けてきた安部首相がトランプ氏の君子豹変するような謙虚な態度に変貌し交渉が進められるかははなはだ疑問で、旧態依然として強者の論理で「拉致を解消しなければ経済支援はしない」と迫るようであれば「らちがあかない」ばかりか「平和への道」への障害にもなるだろうと思います。

 日本は非核化や拉致について北朝鮮が約束を違えたとして一方的な不信感を持つようになっていますが今回の「平和への道」を推し進めるためには経済大国として謙虚な思いで小国北朝鮮の言い分やプライドを忖度しながら「日朝交渉」を進めることが良いのではと思っています

 そして何よりも過去の植民地政策と戦後賠償を示すと共に国交回復後の経済支援を提案しながら「拉致問題」を解決に導くようにするのが経済大国としての在り方で、資源国として有望な小国北朝鮮の復興を支援をしながらパートナーとして東北アジアの「平和と発展」を進めてゆくような日本になれば新たな21世紀の夢が広がるだろうと思っています。

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2018年05月30日

現在は文明の転換期との話もあるが!

 文明の転換期と言われいますが、未来が見えなくなっている現状を考えますと未曾有の天変地異かそれとも第三次世界大戦の悲観的なことによってでしか転換しないのかなと思い巡らしています。

 敢えて希望的な展望をすれば、ヒョッとして今までに無い特異なトランプ大統領の誕生によって、その破天荒な言動と経営感覚での型破りな政治行動が結果として東では不可能と思われていた朝鮮半島に統一の流れを生み、西では中東の火種でもあったイスラエルの孤立化を進め戦争の危機が増しているものの大国間のバランスが働き逆に平和の流れになるように見えざる神の手が働き、相まって急激に進化する新たなAI(人工知能)や高度なロボット技術そしてブロックチェーンによるフラットな社会の流れによって人々の意識が変わり101匹めの猿のような現象が生じ文明の舵が大きく転換するのかなと期待を込めて思い巡らしています。

 そもそも「核・化学・細菌兵器」と「ロボットによる無人兵器」の時代にあっては「戦争はすべてを破壊する」ことから「戦争は起こせない時代」に入り当然に世界の指導的なリーダーは良く解っている筈でアメリカ・中国・ロシアの大国の指導者も現実には古い流れの中で「国益」を主張して指導的な立場を強固にしながらも、本音は「国益」を超えて「戦争のない世界」を創るしかないと思っているのかもしれません。

 当然にそのような「平和の流れ」に対して戦争を起こすことによって「富とお金」を支配し続けてきた「産軍複合体」のような組織にとっては死活問題そのもので「戦争を起こす」ための火種を作り続け危機を煽り「平和への抵抗」を目論むのは予想するまでもありません

 残念ながら我が国のリーダーの安倍総理は「憲法改正」を視野に「戦争の出来る国」を念頭に「特定秘密保護法」「共謀法」や「武器輸出三原則の改廃」などなど強行して「戦争を前提にした力による平和」を主張していますからアメリカ・中国・ロシアの指導者の本音が「平和」であるとすれば時代逆行としか思えてなりません。

 「戦争の世紀」からの転換期に生じる混乱状態にありますが、南北朝鮮や中東の民族対立が思わぬ展開によってガラッと変わり「平和の世紀」に向かうことを願いますが、しかしその流れは他力本願ではなくやはり人々が混乱する現実の危機感に振り回されないで未来を見据えて「平和の世紀」に相応しいライフスタイルを創っておくことが何よりも大切だと思っています。

 利他村の活動もそのような思いもつ仲間が集い平和な未来社会を夢にて進めてゆければと思っています。 

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2018年04月20日

良き「忖度」が出来る国になれば嬉しい!

森友・加計学園問題は安部首相の思惑を官僚が「忖度」して生じたことだと国民の大半が思っていることですがしかし「忖度」とは他の人の思いや考えを思い計らうことで「忖度」そのものは決して悪いことではなくそのような心遣いが出来る人はすばらしい人だと思います。

 問題は「忖度する人」と「忖度される人」がどのような思惑を持っているかで「忖度」そのものの善し悪しが決まるのだと思います。

 たとえば「忖度する人」「忖度される人」どちらの思惑も「公正無私」なる思いでの「忖度」であれば忖度の結果にかかわらず誰に指をさされることもありません。

 しかし時代劇でも良くある代官と御用商人とが顔を見合わせ「お前も悪じゃノー」と互いにニヤリするような一蓮托生の利権の悪巧みのような「忖度」は断罪しかなく大岡忠相や水戸黄門の登場が必要になります。

 と言うことは「不公平で私的なこと」を知りながらの「忖度」は断罪されてしかるべきで森友・加計学園問題での「忖度」は「忖度する人」も「忖度される人」も断罪しかありません。

 ただ「弱い立場の人」が「公正無私」な思いを貫き通すことによって権力をもつ人に煙たがられたり不利益を被ったりすることがあることから「弱い立場の人」に「公正無私」を強いることは酷のようにも思えます。

 したがって「公正無私」が求められるのは「強い立場の人」で「強い立場の人」に「公正無私」の振る舞いがないと社会から「悪しき忖度」がなくなることはありません。

 そのようなことを思うと森友・加計学園問題について十分な説明が出来ないで逃げ切ろうとする安部首相の立ち振る舞いは往生際が悪い悪代官のようで他にも「日報問題」や「財務省官僚の辞任」についての責任を問われていることからももはや退陣しかないように思っています。

 新たなリーダーは「戦争の出来る国としての美しい国つくり」ではなく国民の象徴として「民の平穏と平和」を願っておられる天皇の思いを忖度して「力ではなく愛による平和な国としての国つくり」を国民や世界に示し政財官人や国民が楽しく忖度ができるようなリーダーが生まれることを願ってやみません。
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2018年03月21日

「戦争を起こさない」視点でなく「平和つくり」視点になれば!

 森友問題や加計問題については安部首相の意向が働いていたのは疑いようがなく、財務省の文章改ざん問題も安部首相への忖度があったのは疑いようがなく、首相自らの発言もあったことから退陣に追い込まれるのが自然な流れだろうと思っています。 

 そのような国内問題とは別に大きな出来事として期待されるのは北朝鮮と韓国の南北会談と日米会談が実現することで、そうなれば朝鮮民族の悲願である南北統一が進み東アジアに新たな平和への道が開かれるばかりか混乱する世界を転換させる歴史的な切っ掛けになるのではと思っています。

 核や細菌や化学による大量無差別な殺人兵器兵器やAI(人工知能)と無人のロボットによる無慈悲な殺戮兵器による戦争の時代にあってはどのような理由があろうと戦争は勝者・敗者区別無く世界的な崩壊につながりかねないことで「戦争」を起こさないと言うよりも「平和」な世界を創ることに視点を変えて世界が進むしかないように思えてなりません

 現実的に経済的にはGDPではアメリカの140分の一、韓国の10分の一に満たない経済的敗戦国とも言える北朝鮮が「主体思想」を掲げ「金体制」の維持の求め「核保有」と「大陸弾ミサイル」の開発を背景に大国アメリカとの対等な「和平交渉」に活路を見いだそうとするのに対して圧倒的な強者のアメリカが「力による平和」を掲げ圧力をもって北朝鮮を屈服させるような在り方は決して「平和な世界つくり」ではないように思っています

 強者の圧倒的な圧力で弱者を屈服させる在り方は一つ間違うと窮鼠猫をかむ「暴発」もあり得ることで、今回そのような「暴発」の道ではなく「ほほえみ外交」に活路を見いだそうとする北朝鮮に対して「微笑み外交に惑わされるな!」「圧力を緩めるな!」とアメリカ以上の強行発言する安部首相に違和感を感じている国民も多いのではないかと思います。

 「国益が大切」「抑止力が大切」と「軍拡競争」や「力による平和」を容認するのではなくそのような志向を過去の産物として葬りさり「知恵と分かち合いよる平和つくり」に舵を切ることでしか未来は開かれない時代に入っていると思えてなりません。

 その意味で今回の朝鮮半島の南北統一の動きを転機として北朝鮮と陸が接する中国・ロシア・韓国そして海を隔てた近隣の日本が連携し、地下資源豊かな北朝鮮に経済的な復興の援助を示し民族的悲願の南北統一の実現と民族自決を支援するような方向に進めばと強く思っています。

 それを強くリードし支援することが出来るのが「平和憲法」を持ち73年間戦争をしなかった日本でしかも世界で唯一の被爆国の日本だからこそ「核なき世界を!」「戦争のない平和な世界」を訴え北朝鮮の核の廃棄をリード出来るのも日本だろうと思います。

 桜咲く春と共に国内問題も国際問題も「平和の花」が咲くような始まりになることを期待したいと思っています。


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2018年02月27日

「田舎暮らし」は最高のステータスで未来に繋がるライフスタイルだ !

 都会から田舎に移住をして利他村を開村し11年目に入ります、「田舎暮らし」の感想はと問われれば「多いに満足」と答えることが出来ます。

 確かに田舎の人は変化を求めたがらないところがあり便利で次々と新しい変化を受入れ生活していた都会人にとって少々うんざり感もありますが、田舎には都会では味わえない純朴さと昔ながらの暖かさがあり代えがたいものと思っています。

 しかしもともと新しいものには飛びつく方ですので「自然がありのどかな田舎の良さ」だけではなく「進化し続ける科学技術の良さ」をも共生しての田舎暮らしを望んでいます。

 勿論シルバー期での「田舎暮らし」は「運転が無理になり」「視力や聴力の衰え」そして「体力の衰え」の時期が待っていますので心配はあったのですが昨今の情報技術やロボット技術の進化を垣間見ると近い将来「自動運転の車」「ドローンによる配送」「ITによる常時病院につながる健康管理」などは確実で「自然と科学技術が共生する田舎暮らし」は可能であるばかりか最高のライフスタイルだと思っています。

 さらにAI(人口知能)とロボットの時代にあってはの「田舎暮らし」は時代の先取りでもあると自認しています。

 と言うのは人間の知識を遙かに超えるAI(人工知能)と人間の肉体能力を遙かに超えるロボットが創り出す未来社会は物質的にはより便利でより楽しい生活を創り出してくれますが、最近の車内では誰も指示はしないのにほとんどの人がまるで取り憑かれたようにスマホに夢中になっていて姿を見ると高度な情報技術の物質社会は反面何か寒々したものを感じるのは私だけではないと思います。

 当然にそのような高度な情報技術の物質世界にあって次第に「人とは」「生きがいとは」を「本当に幸せな人々の生活とは」を考える人が増えるようになり、やがてはあらゆる分野に「新たな人間復興」の動きが生まれてくるのでは思っています。

 ここからは私の願望でもありますが、そのような「人間復興のうねり」が燎原の火の如く広がり「新たな文明開花」となることによって物質的な豊かさに比重を置いてきた現在文明を超える人間的な豊かさに比重を置いた新たな文明が生まれるのではないかと思っています。

 そこで何が言いたいかはおわかりと思いますが、そのような新たな文明への芽は自然と共にある田舎にあると思っいますし「田舎暮らし」は人間らしい最高のステータスライフであると同時に未来を先取りするライフスタイルだと思っています。
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2018年01月25日

「憲法改正」について思う

「憲法改正」が議題に上がりマスコミ報道が盛んになっていますが「戦争放棄」を定めた「平和憲法」」をなぜ改正するのかよく分かりません

 戦後70年以上も立って社会の変化もあり時代に合ったように改正をするのは至極当たり前のことですが多くの国民が「このままではダメだ」「何とかしてほしい!」と言う声が上がっているとはとても思えませんし、自民党の党是として「自主憲法制定」があるとしても多くの国民が要望もしていない改正をなぜ急ぐのかよく分かりません

 そもそも「核や化学や細菌」による近代兵器の時代に入り、いったん戦争が始まると勝った負けたで終わることなく世界そのものの破滅もあり得る時代に入っているのですから「戦争」はあってはならないことで「戦争」そのものを無くすしか未来はないのです

 トランプ氏が「力による平和」を主張していますがその言葉自体論理矛盾していますし、安部首相も北朝鮮に対して「圧力強化」を世界に訴え、自衛の名の下に軍事力を強化しつつあるのも「戦争」を前提としているもので時代逆行としか言いようがありません。

 そうではなく「戦争放棄」を旗に戦後72年戦争をしなかったことを誇りとして「戦争放棄」を世界に訴え平和をリードすることこそが大切なことで、今までの武力を背景にした競争経済世界から新たな対話を背景にした共創経済世界を創り上げることをもって日本の進む方向を示し世界をリードすることが本当の未来志向の在り方だと思います。

 近代兵器の時代にあって「戦争」はタブーで「戦争」を前提にした戦力保持可能な憲法改正など「ミイラ取りがミイラになる」に相応しく、そうではなく「武力を前提にしない平和」を具体的に議論し実現させることが大切で、そのようなことを主張し行動を示す「政党」が生まれることを期待してやみません。

 憲法学者の多くが違憲とする「自衛隊」も現実的には国民の多くが「専守防衛としての自衛隊」であるだろうと認めているのですから急いで改正する必要は無く、強いて違憲としないように改正するとすれば憲法第9条に「他国から武力攻撃を受けた場合は一項二項の限りでない」ことを追加し、また集団的自衛権を容認するような違法な憲法解釈はダメで、日本との平和条約締結国が武力攻撃を受けるようなことがあれば国連決議に基づいて国連軍として派遣することを追加して現実世界に生じている「紛争や局地戦争」に対応をすることは国連加盟国としては必要悪として仕方が無いように思います(勿論現在の不完全な国連には疑問がありますが)

 「憲法改正」について与党も野党も「軍事力を背景にした平和」を前提にした改正論議ではなく「対話を前提にした平和」について具体的な議論を盛んにして貰えないかと期待を込めて思っています。。

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2018年01月01日

コーエンの少し堅い年頭所感

今年は平成天皇の生前退位と新天皇の即位の前年にあたり、バブルで始まった低成長の時代から新たな年号で始まる新たな時代への準備の年になればと思っています。

 「成長の限界」が言われている世界では欧米を中心にする先進諸国が衰退しつつ、中国・インドと言った新興国が台頭する西洋から東洋に文明が転換する端境期にあるように思っています。

 特に異質な破壊屋とも言われているトランプ氏の出現は今まで世界の金融を始め経済の支配層を衰退させているのはその象徴のように思いますが不動産業で成功した経営者の利害感覚で「アメリカ第一主義」を掲げ軍事を背景にした「力による平和」を推し進めようとしていますから、そのことによって世界全体を混乱させ破壊させることで西洋の時代が終焉するのかなとも思っています。

 そしてEUではリーダー格のドイツのメンケル氏の政権基盤も弱くなり、イギリスのEU離脱もあり、イタリアでの州独立問題などありEUは混乱を深めていますし、中東ではイスラエルの孤立が進むようになりイランとの対立とアメリカに替わりロシアの影響力が強くなりつつありことから混乱を深めさらに一食触発の状態を深めるのではないかと思っています。

 そして何よりも問題なのは世界全体で「貧富の格差」が拡大固定化していることでISIL(イスラム過激組織)の敗北があったものの「貧富の格差」を根底とするテロが世界に拡散し破壊活動が広がり不安定な社会が生まれ、そのような国内情勢にあって各国共に情報統制を強めまた管理社会と軍国化が進むのではないかと危惧しています。

 このように「西洋」が成長の限界を迎え衰退する過程での混乱は続き、新たな発展に向かう「東洋」においても覇者となりつつある中国も共産党独裁での国家資本主義と言う矛盾を持っており、また古い時代の「汚職体質の風土」と急速な発展に伴う「貧富の格差」を抱えており「力による統制強化」で国家体制の維持に向かうしかなく新たな東洋の時代での新生中国に向かうには現体制の崩壊の課程を超えないと難しいように思っています。

 そんな混乱が治まらない世界の中で日本では長期政権の安部政権も実質的な国民の支持は20%台でアベノミクスも実質的な成果が明らかでなく、森友・加計やその後の身内優遇の利益誘導も明らかになりつつありますので安部首相退陣もあり得ることで、その後の政界再編成で新たな立憲民主主義(私は世界に誇る天皇を頂く象徴天皇による立憲君主も良いと思っています)の動きが出ると新天皇と新たな年号と相まって新生日本の在り方が議論されるようになり、また東洋の時代のリーダー国としての準備が進められるのではないかと期待を込めて思っています。

 このような発展の流れが西洋から東洋に移る端境期の混乱に巻き込まれますが、こんな時代だからこそ「自分の生き方や考え方をしっかり持って未来を見いだしてゆくこと」が何よりも大切だろうと思います。

 最近ベストセラーになっている「ブレインプログラミング」に経験とイメージの区分が出来ない脳内では「思いを明確にイメージし続ける」とその明確なイメージが潜在化して脳がイメージの実現にむかって体の諸器官に指示をするようになり、その結果「思いが実現する」と書かれてあり、それは既にポールJマイヤー氏やナポレオンヒル氏の「成功法則」でも書かれていることで、端境期の混乱期には厳しい経験をすることになりますが、その経験の思いからイメージするのではなく新たな未来に向かっての自分とって価値あるイメージを描けるかどうかににかかっていると思います。

 利他村は今年は「共同体つくりくり」に焦点をあわせて仲間と共に端境期に生じる混乱を「笑い・分かち合い」を持って乗り越えるその準備とそれぞれの未来への思いを描き合いながら新たな時代へのライフスタイルの準備をする年にしたいと思っています。
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2017年12月22日

北朝鮮へは「北風でなく太陽」対応を祈ります

 今年もあと少しで新年を迎えますが北朝鮮からのミサイルや核の攻撃と言ったまったく厭な報道がされています。

 冷静に考えて見ると北朝鮮が先制攻撃をすれば一瞬の間にアメリカからの核攻撃がされ国家そのものが崩壊するのですからアメリカや日本の圧力によって金正恩体制が維持できなくなった時の「暴発」とそれ以外はアメリカの先制攻撃がない限り北朝鮮からの攻撃はあり得ないことだと思います。

 そもそも大量の核兵器をもつ大国アメリカが「核兵器禁止条約」に反対しながら抑止力として核兵器を持つ小国北朝鮮に核兵器の廃絶を強いること自体が論理矛盾で、ましてやアメリカの核の傘にいることで同じく「核兵器禁止条約」に賛成しないで北朝鮮を悪の権化のように圧力一辺倒で核放棄を強いる安倍政権の在り方にも問題があるように思えます。

 ノーベル平和賞を受賞したICANの日本人が核の被爆国として「人類と核兵器とは共存しない」と訴えたのは当然のことで、何よりも1万5千発もある核保有国の大国が核兵器禁止を誓い核廃絶を宣言することが先決でその上で核を国連監視下においてあらゆる国の核保有を禁止してゆくのが最も取るべき道のはずです

 もはや「戦争」によって勝者が力でもって敗者を支配する時代ではなく、核兵器による「戦争」は勝者も敗者も共に崩壊させてしまうのですから「戦争」は決して起こしてはいけことで、トランプ氏の「力による平和」の主張は「戯言」としか言いようがないと思います。。

 人間以外の動物も生存のために弱肉強食の争いをしていますがそれは自然の摂理の中での共存であって人間が生存のために「核兵器」を持って争いをすることは自然の摂理の枠外であって自然界への冒涜としか言いようがありません。

 人間は他の動物と違い「思考する能力」をもつ存在ですからいい加減にその能力を「奪い合い」から共存のための「分かち合い」に切り替えないとその能力によって地球そのものを崩壊させることになりかねません。

 世界の人口の10%が一日1ドルの生活を強いられ貧富の差が拡大しつつある現代ですがそんな中でも70億を超える人々が生きているのですから食料はあるのです、しかもAI(人工知能)の時代に入っていますので今からは科学技術と自然との融合で食糧の増産も可能になり「資源や食料」のために「奪い合う」ことをしないで増加し続ける人口が「分かち合い」によって安心して生存出来る時代に入っているのです

 だから各国の為政者は「北風から太陽」に意識を切り替え「力による平和」ではなく「愛による平和」を進めないと未来は開かれないように思います。

 北朝鮮へは北風ではなく太陽のような愛ある態度で良導するようになることを祈って新年を迎えたいと思います。

  またまた今回も堅いブログになってしまいましたが当分はご容赦ください、来年からは少し勉強して柔らかなブログを心がけます。
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2017年11月30日

単なる田舎暮らしではなく未来志向の田舎暮らしを!

 利他村開村10周年を契機に11年目からは「共同体つくり」に本腰を入れた活動をしたいと思っています。

 その10周年の集いの時に「利他村村長のブログは堅すぎる・・・」とのお話を頂き「では11年目から「柔らかなブログにしたい!」と思い至ったもののいざ「面白く柔らかい」ものを書くとなるとはなはだ難しく当面は習うより慣れよで努力していくことでご容赦をお願いするしかありません 

 ところで「共同体つくり」は田舎願望の人が集うことが何よりですがやはり互いの思いが理解し合え共鳴し合える人が集わないと上手く行かないだろうと思っています。

 そのような思いをしながら昨今の人々のライフスタイルを眺めると電車に乗ると前の座席に座っている人すべてがスマホを見ているのに遭遇することもあり、家の中では語る電気製品がはびこり一昔前とは大きく様変わりしています。

 そしてはAI(人工知能)がどんどん進化して何でも答えてくれるロボットの出現や行く先を告げるだけで自動運転してくれる車の出現も間近で人々のライフスタイルはさらに大きく変わろうとしていますし、そのAIテクノロジーによる高度な情報技術社会の出現は現在の知的な職業はもとよりロボット技術の進化も相まって肉体を要する職業など人が携わるあらゆる職業を一変させるだろうと思います

 そしてこのAI(人工知能)は自己増殖的しながらロボット技術も相まって世界の経済や軍事をも一変させSF映画で描かれるような世界を創り出すように思えてなりません。

 当然にそのような世界が本当に人々に幸せをもたらすのだろうかを考えると疑問が沸いてきます。

 確かに人の知能を遙かに超えるAI(人工知能)によってもたらされる世界は一つのユートピアを生み出すだろうと思いますが、それは「0と1」の組み合わせで出来上がるAI(人工知能)が生み出す一昔前によく言われた「人間疎外」の世界で、大多数の人々はにとってはAI(人工知能)によりコントロールされた世界でもあるように思います。

 そのような人の知識を凌駕するAI(人工知能)が生み出す世界が人間本来持っている「知性」以外の「感性」「理性」そして哲学・宗教のような「悟性」を伴った「意志」をもって世界を創ることは出来ないことは自明の理で、当然に人々は「人とは何か」「幸せな人生とは何か」「知的な進化によって創り出した世界とは何か」を問い求めるようだろうと思います。

 そのようなことを思い巡らしながら利他村が進めたいと思っている「共同体つくり」は単なる田舎願望の仲間だけでなく自然と共生の中で「人とは何か」「自己増殖し続けるAI(人工知能)と進化し続けるロボットが創り出す高度な社会での幸せな人生とは何か」を語り合いながら「物と心のバランスのとれた未来指向型の自給自足的な共同体つくり」を仲間たちと農作業をしながら創り合い合えればと思っています。

 またまた堅いブログになってしまいました・・・・・・・・・ご容赦を!
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2017年10月31日

[ 「保守と革新」と「リベラル」について思う

 今回の選挙で「リベラルの排除」の踏み絵があり排除された民進党の議員がそれではと新たに「保守政党」の自民党に対する「革新政党」のとして「立憲民主党」を立ち上げ野党第一党になりました。

 その「革新政党」の代表が「私は保守リベラルです」との発言、今まで伝統や文化を守り緩やかに改革しようとするのが「保守」で、古い伝統文化を変えて新たな社会を創ろうとするのが「革新」と言われていますので「保守とは何かリベラルとは何なのか」が良く解らなくなってしまいました。

 そんな時にテレビである学者が「リベラル」とは「自由主義」のことでその「自由主義」の前提は「個人主義」ですとの説明があり、そうなると日本の憲法は「個人の尊重(基本的人権)と「主権在民」が謳われていますのでリベラル=自由主義の憲法で立憲民主党も自民党も自由主義の憲法を肯定していますからどちらも「リベラル」と言うことになります

 しかし「憲法改正」での考え方では「平和主義(第9条)の憲法を守る」と言う意味では立憲民主等は「保守」と言うことになり「憲法第9条の改定」を推し進める自民党は「革新」と言うことになり、そうなると「保守リベラル政党としての立憲民主党」「革新リベラル政党の自民党」と言うことになります。

 そしてその学者が「右翼と左翼」についてアメリカ追従による国つくりを目指すのが「右翼」でアメリカとの対等による国つくりを目指すのが「左翼」との説明があり、そうなるとアメリカ追従を進めてきたのは自民党ですから「右翼政党」で自民党と対峙してきた共産党や社会党そして立憲民主等は「左翼政党」と言うことになりそれは今までと同じで頷けます。

 しかしそうなると「右翼政党」の自民党が「革新リベラル政党」になり「左翼政党」の立憲民主等が「保守リベラル」と言うことになりここでまたすんなりと頭には入らなくなります。

 選挙中に「アウフフーベン(止揚)」と言う言葉が話題になりましたが、今までの「保守・革新」「右翼・左翼」の概念を「アウフフーベン(止揚)」して新たな次元として頭を切り換えないとダメな時代になったのかも知れません

 そのように考えると「進歩発展は物の競い合いによって成り立つ」と思われてきた時代が限界を迎えて新たな時代にパラダイムシフトする変革期に来ていると受け止めて新たな時代に相応しい「アウフフーベン」をした社会を創る時代に入ったのかも知れません。

 そして「右翼革新改革リベラル」とも言える自民党は大勝したものの、天皇を国家元首にそして権力者に守ることを強いる憲法を国民に守る義務を強いるような専制的な憲法改正は「アウフフーベン」の昇華とは逆の先祖返りの時代逆行の在り方(革新でなく超保守)で時代はそのような「右翼超保守専制的」は許さないように思います。
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2017年10月20日

期待した政権交代はダメのよう!

新たに誕生した「希望の党」の代表小池百合子氏の「排除の発言」と現政権が推し進める「憲法改正」や「安保法」への対立軸が明確でないことから「希望が失望」となり「政権交代選挙」への期待が薄れ選挙前予測では与党の大勝がほぼ確実の報道がされています。

 報道どうり自公が大勝すれば強行採決した「安保法」と「憲法改正」が国民の支持を得たものとして安部強権政治が推し進められるのではないかと危惧します。

 世界は13世紀から始まった資本主義そのものが限界を迎え世界をリードしてきた欧米が衰退しつつある中で新たなテロによる非対称的な戦争が日常化するなど混迷を深めています。

 しかしその混乱を「20世紀までの力によって解決する」方法は高度に発達した核を含む近代兵器の時代にあっては「抑止力」では治まりきらないで文明そのものを消滅させる結果を生むように思えてなりません。

 にもかかわらず「安部政権」は「北朝鮮」の核とミサイルの危機を過度にあおり立て「対話なく圧力」を国連総会で訴え「力による解決を扇動する」ことそのことが日本を危険に陥れているように思えてなりません。

 もともと北朝鮮の「核保有」は休戦中であるアメリカとの終戦協定と国交樹立を目的にしているもので日本への攻撃を目的にしているものなく、アメリカと一体となって圧力を強める日本に対して「アメリカの攻撃」あれば「核攻撃」をもって反撃すると牽制しているに過ぎないのです。

 当然に圧倒的な軍事力を持つアメリカに先制攻撃することは北朝鮮の自滅につながることから考えられないことで、むしろ危険なのは「トランプ大統領」が経済的な圧力と軍事的な圧力をもっても金正恩の暴走を誘導することだと思います。

 一昔前の力(軍事力)でもって植民地を支配する時代から経済力そして金融力をもって支配していた時代が限界を迎え混迷する世界にあって過去の延長線上の「力(軍事力)をもって屈服させる解決」は危機を増幅するだけだと思います。

 「希望の党の出現」と「野党統一候補」による政権選択選挙への期待がなくなり自公が大勝する結果になったおしても、せめて与党の「平和と福祉の党」を自認する公明党が政権内で世界に類のない「平和憲法」と「被爆国」の立場でもって「対話による戦争のない平和な世界」をリードする方向で歯止めになってもらうか、新たに生まれた立憲民主党が予想以上の議席を得て「安部強権政治」を押しとどめることに期待しるしかないのではと思っています。

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2017年09月30日

[希望の党」に思う

「大義なき衆議員解散」によって瓢箪から駒「希望の党」が生まれ民進党が事実上の解党で民進党からの多くが「希望の党」から出馬することで俄然政権交代の可能性が出てきたのはそれこそ「希望」を国民に与えたのではと思います。

 安倍政権の明らかに強権な政権運営や明らかに私的な森友・加計学園への優遇がありながら受け皿となる野党がなかったことから消極的な支持と選挙制度にも助けられ多数を維持していた自公政権も「希望の党」の出現によって政権交代もあり得る状況が生まれ、たとえ政権交代が出来なかったとしても今までのような強権的な議会運営や私的な身内贔屓の税金の流用も出来なくなると思うと2009年に鳩山氏・菅氏などで誕生させた「民主党」の時のようなワクワク感が生まれたのは本当に良かったと思っています。

 しかし「希望の党」は誕生してまだ正式な政策は公表されていないものの「憲法改正」と「安保関連法」に賛成しない民進党の候補者は受け入れないとすることには疑念を感じざるを得ません。

 勿論「憲法改正」については時代の変化と共に変えることは「さもありなん」とは言えますが自民党政権が推し進める「平和主義」を謳う第9条(戦争放棄)から「戦争の出来る国」への改正をも「良し」としているのであればそれは希望ではなく失望です。

 また同じく「安保関連法」も「専守防衛」ののりを超える集団的自衛権の行使を良しとするのであればこれも希望ではなく失望です。

 北朝鮮問題についても安部首相は「対話ではなく圧力」をもって対処することを訴えていますが、これも良しとするのであれば希望ではなく失望です。

 「核や化学そして生物兵器」がより高度に進化している現在「国家間の戦争」は特に「核を持つ国との戦争」は世界の破滅に繋がることは必死でもはや現在は「国家間の戦争が出来ない時代」に入っていることから「力による圧力」は「相手国を力でもって屈服させる」と言うことで屈服を追い込むと暴発もあり得ることで屈服しないとなるとそれは軍拡競争を激化させ何かの切っ掛けで「戦争」に発展するのは必然的な成り行きです。

 日本は唯一の被爆国でもあり、戦争放棄の平和憲法を持つ崇高な理念をもつ国であり アメリカの核の傘によって近隣諸国からの抑止力になっているとは言え、日本は「抑止力競争」の流れに追従するのではなく「平和」のあらゆる対話努力をもって世界をリードすることこそ本当の「希望ある未来つくり」で世界から尊敬の集まる日本の方向だと思っています。

 「現実的な安保」と言う名目で現実対応するのであれば「戦争の出来る国としての軍拡競争の流れ」に対応するのではなく、まずは世界に1万5千発もある核の使用を一切禁止して核の保有を国連管轄とた上で北朝鮮に「対話」をもって核放棄を促すように平和対応するようであれば本当に「希望の党」だと思います。

 「希望の党」の誕生は大きな光と思いますが、本当に大きな光となった国創りに繋がることを願ってやみません
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2017年08月21日

「核無き世界」が「平和な未来社会」の入り口では!

 「森友・加計学園との関わりへの疑惑」に安部首相が明確な説明が出来ず,閣僚や行政からも証拠書類の提出や答弁も出来ないことから国民の不信がつのり安倍政権の支持率が急落したにもかかわらず政権交代を求める他派閥も無く、代わるべき野党(特に民進党)も国民の信頼を失っており国民のイライラ感が増すばかりになっています。

 しばらくは「都民ファースト」の国政版「国民ファーストの会」のような自民党でもない民進党でもない新たな思想信条を掲げた「政党」が旗揚げし登場するか、新たな理念目標を掲げて強力なリーダーが主導する「オリーブの木」のような野党連合が登場するかしないように思います。

 このような政治への不信と混乱傾向は世界の国々でも同じようで、現在は過去のシステムが崩壊し新たなシステムが生まれる端境期に生じる混乱と危機をどのように乗り越えるかを日本も世界も問われているのだろうと思います。

 そしてその混乱と危機の象徴的なことが「核保有」で「核保有が国家存立の国是」にもなっている「北朝鮮問題」も単に「北朝鮮に放棄させる」ことではなく、過去の競い合いの文明が作り出した約1万5千発もある「核」をどのように廃絶するかを具体的な道筋を北朝鮮も含めてつくるしかないのだと思います。

 安倍政権やマスコミがアメリカとのチキンレース如く過度に危機をあおり立ている「北朝鮮の核保有」については、現実的には「国保有国」として認めてその上で「核を使用できない国際環境」をつくり、「核兵器の削減」と「核無き世界」を目指すしか平和裏に解決する道はないのではと思います。

 そして日本がアメリカの核の傘にあることを理由に「核兵器禁止条約」の会議に参加せず賛成もしないのはまさに論外と言うしか無く、日本こそが唯一の被爆国として「核兵器禁止条約」に率先して賛同し「核廃絶」と「核なき世界」を訴えるに相応しい国であって、世界に誇るべき「戦争放棄」を定めた「平和憲法」を持つ日本だからこそ「戦争のない平和」な未来世界を訴えことこそが戦後レジームからの脱却であり混乱と危機からの脱却の道のように思います。

 世界のどの人々も「戦争」ではなく「平和」を求めていますし誰も「核兵器」など欲していないのです。

「核保有」は「戦争目的」で作られたもので「競い合いの文明の象徴的な遺物」で平和のために「抑止力としての核兵器の保有」を正当化するなどまさに本末転倒で、「核保有」こそが混乱と危機の原因でもあるのですから廃絶することが転換期にある新たな文明の入り口であるように思います。   

 さらに核の危機は半減期に10万年を要する使用済み核廃棄物の処理も場所も定まらないままに推し進めようとする「原発」も同じで「核兵器禁止」と同時に「原発禁止」に向かわないと戦争のない平和な未来世界は生まれないように思います。
 
混乱する日本や世界の政治にあって少なくとの「核兵器禁止」「原発禁止」を正面切って訴える新たな「政党」や「連合体」が登場することを期待するばかりです。
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2017年06月30日

「成長神話」の時代は過ぎたのでは!

田舎町の自然に囲まれた里山の天上界とも言える利他村から地上界の昨今の政治や経済の様子を見る「下界には戻りたくないな〜」との思いに駆られます。

 バブル崩壊から低迷してしていた日本にあって安倍政権が誕生して「アベノミクスによる成長戦略」を掲げて長く続いて来ましたが人々には実感がなくどうも失敗に終わっているようで、そもそも「成長神話」の時代は過ぎているのではと思えてなりません。

 グローバル化した世界にあって「競い合いによる成長」を進めると当然に多国籍化した企業がますます豊かになる一方で国内ではグローバルなコスト競争にさらされ給料を上げることも出来ないで非正規社員の割合を増やすしかなくその結果1:99と言われる格差社会が生まれ、また貧しき層の不満を背景にした「テロ」が生まれ全体として経済の成長が止まるようになり「成長神話」による国つくりはもはや限界に来ているように思います。

 しかし安倍政権が進めようとしている「美しい国」は、どうも一昔前の先祖返りのような力を背景にした「成長神話」を掲げての「富国強兵・殖産興業」の国つくりのようで、そのために主権在民・基本的人権・平和主義を基にした「立法・行政・司法の三権分立」をも歪め権力の一局集中と第四の権力と言われるマスメディア支配によって国民に対する情報操作と監視を強めながら言わば「独裁政治」に繋がるような「権力者にとっての美しい国つくり」を国民に強いるようになり、まさにワイマールの民主主義憲法の中で生まれたヒトラーの独裁政権と同じ流れのように見えてなりません。

 そもそも今の世界は一昔前のような列強国が軍事力によって植民地を広げ資源や食料を確保することで自国の利益を得ることなど出来なくなっており、拡大させる植民地はもちろん資源や食料を増産させるに相応しい土地も限られ「成長神話」と力を背景にした競い合いによる成長を求めることは「終わなき対立・紛争・戦争」を生み出ししかなく進化している近代兵器にあっては「戦争」になれば勝者敗者はなく全体を崩壊させるしかないように思います。

 世界の人口が70億人を超えている現在、格差が拡大し固定化する中で自然環境の変化も相まって食料を得られないために亡くなる人々や食料を求め移民せざるを得ない過酷な状況が進行していますが、そのような世界にあって70億人の人々が存在し増え続けていけるのは、まさに天が何時も地球上で人口に見合った食料を生み出す自然界を準備していると同時に人々をして科学や技術力をもって食料を増産させる力を与えているように思えてなりません。

 そのような天の恩恵を受ける地球にあって、もはや限界に来ている「成長神話による競い合い・奪い合い」ではなく天が与えている自然界と人の能力をもって新たに「分かち合い・与え合い」の新たな世界にシフトアップさせるしかありません

 天上界のような利他村から覗いてみれば「戻りたくない競い合い・奪い合いの下界です」がただ眺めていても楽しい下界は見えてきませんので、まずは利他村から「分かち合い・与え合う共創による共同体つくり」によって「戻りたい下界へのひな形」つくりを共鳴し合う仲間と共に始めることだと思っています。

 そしてこのような仲間が世界や日本の至る所から生まれてくれば新たな時代が生まれるようにも思っています。
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2017年05月31日

最近の日本の政治には唖然とすることが多すぎます 

 明らかに阿部首相に関わりがあり支援していたと思われる森友学園問題や加計学園問題では安倍首相との関わりが疑われそうな資料を財務省でも文科省でも破棄や調査をしても確認できなかったとして、閣僚はもとより各省の官僚たちは「貝のごとく口を閉ざし」あろうことに前森友学園長や前文科事務次官の人格や素行の悪さに問題をすり替えウヤウヤする現政権には何おか言わんと驚くばかりです

 そして圧倒的な多数の議席をもつ自民・公明と実質与党の維新を背景に安倍政権が国民への十分な説明をすることなく国民に理解が十分にされない状態で戦前の特高警察に繋がるような「共謀罪」を強行採決し、先の特別秘密保護法の強行採決をはじめ武器輸出三原則を改定、集団的自衛権を閣議決議で押し通すなどはまさに横暴な強権政治としか言いようがありません

 民主主義国家とは人々の色々な意見や提案をボトムアップで国民の理解が十分に得られるまで審議をして最終的には多数決で決め、決めたことを皆が従うことで成り立つ世界ですから当然に時間がかかり、専制政治や独裁政治のようなトップダウンで決め皆が従うような世界では無いのです

 確かに、現在は地球そのものの変動期でもあり、また既に成長の限界により各国共に経済が低迷しており、貧富の格差が拡大を続け「テロが日常化」する危機の時代にあって、時間がかかり中々決まらない民主主義による国会運営よりも「強いリーダーや政権」に委ね独裁的に決める政治を人々が求めるようになるのも理解できますが、さりとてそれは民主主義により生まれたヒトラーのごとく恐ろしい結果になることは歴史が示しています。

 危機の時代にあっては「強いリーダー」と「安定した政権」を人々がもとめるのは当然とも思いますが、大切なのは「徳の備わったリーダー」と「未来を描き示せるリーダー」で、戦前回帰に近い「美しい日本」を信条として「憲法改正」を使命のごとくに強引に推し進めようとする安倍首相と人事権と解散権を持つ首相に「唇わびし」と口を紡ぐ与党政治家や官僚により運営される政治を黙認するような現状はそれは「悪しき民主主義」としか言いようがありません。

 残念なことに「徳が備わり、未来を描き示せるリーダー」が出にくい日本の政治状況にあっては、もはや国家に期待しても変わることはなく、それぞれの地域や企業の中でそれぞれの立ち位置で自ら生み出しネットワークをつくり変えて行くしか無いようにも思います。

 おそらく、そのような動きが地域や企業から生まれ「下克上」のような状況が生み出されて政治をはじめあらゆるシステムが変わり生まれ変わるのだと思い期待します。
posted by コ−エン at 11:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記