2018年01月25日

「憲法改正」について思う

「憲法改正」が議題に上がりマスコミ報道が盛んになっていますが「戦争放棄」を定めた「平和憲法」」をなぜ改正するのかよく分かりません

 戦後70年以上も立って社会の変化もあり時代に合ったように改正をするのは至極当たり前のことですが多くの国民が「このままではダメだ」「何とかしてほしい!」と言う声が上がっているとはとても思えませんし、自民党の党是として「自主憲法制定」があるとしても多くの国民が要望もしていない改正をなぜ急ぐのかよく分かりません

 そもそも「核や化学や細菌」による近代兵器の時代に入り、いったん戦争が始まると勝った負けたで終わることなく世界そのものの破滅もあり得る時代に入っているのですから「戦争」はあってはならないことで「戦争」そのものを無くすしか未来はないのです

 トランプ氏が「力による平和」を主張していますがその言葉自体論理矛盾していますし、安部首相も北朝鮮に対して「圧力強化」を世界に訴え、自衛の名の下に軍事力を強化しつつあるのも「戦争」を前提としているもので時代逆行としか言いようがありません。

 そうではなく「戦争放棄」を旗に戦後72年戦争をしなかったことを誇りとして「戦争放棄」を世界に訴え平和をリードすることこそが大切なことで、今までの武力を背景にした競争経済世界から新たな対話を背景にした共創経済世界を創り上げることをもって日本の進む方向を示し世界をリードすることが本当の未来志向の在り方だと思います。

 近代兵器の時代にあって「戦争」はタブーで「戦争」を前提にした戦力保持可能な憲法改正など「ミイラ取りがミイラになる」に相応しく、そうではなく「武力を前提にしない平和」を具体的に議論し実現させることが大切で、そのようなことを主張し行動を示す「政党」が生まれることを期待してやみません。

 憲法学者の多くが違憲とする「自衛隊」も現実的には国民の多くが「専守防衛としての自衛隊」であるだろうと認めているのですから急いで改正する必要は無く、強いて違憲としないように改正するとすれば憲法第9条に「他国から武力攻撃を受けた場合は一項二項の限りでない」ことを追加し、また集団的自衛権を容認するような違法な憲法解釈はダメで、日本との平和条約締結国が武力攻撃を受けるようなことがあれば国連決議に基づいて国連軍として派遣することを追加して現実世界に生じている「紛争や局地戦争」に対応をすることは国連加盟国としては必要悪として仕方が無いように思います(勿論現在の不完全な国連には疑問がありますが)

 「憲法改正」について与党も野党も「軍事力を背景にした平和」を前提にした改正論議ではなく「対話を前提にした平和」について具体的な議論を盛んにして貰えないかと期待を込めて思っています。。

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2018年01月01日

コーエンの少し堅い年頭所感

今年は平成天皇の生前退位と新天皇の即位の前年にあたり、バブルで始まった低成長の時代から新たな年号で始まる新たな時代への準備の年になればと思っています。

 「成長の限界」が言われている世界では欧米を中心にする先進諸国が衰退しつつ、中国・インドと言った新興国が台頭する西洋から東洋に文明が転換する端境期にあるように思っています。

 特に異質な破壊屋とも言われているトランプ氏の出現は今まで世界の金融を始め経済の支配層を衰退させているのはその象徴のように思いますが不動産業で成功した経営者の利害感覚で「アメリカ第一主義」を掲げ軍事を背景にした「力による平和」を推し進めようとしていますから、そのことによって世界全体を混乱させ破壊させることで西洋の時代が終焉するのかなとも思っています。

 そしてEUではリーダー格のドイツのメンケル氏の政権基盤も弱くなり、イギリスのEU離脱もあり、イタリアでの州独立問題などありEUは混乱を深めていますし、中東ではイスラエルの孤立が進むようになりイランとの対立とアメリカに替わりロシアの影響力が強くなりつつありことから混乱を深めさらに一食触発の状態を深めるのではないかと思っています。

 そして何よりも問題なのは世界全体で「貧富の格差」が拡大固定化していることでISIL(イスラム過激組織)の敗北があったものの「貧富の格差」を根底とするテロが世界に拡散し破壊活動が広がり不安定な社会が生まれ、そのような国内情勢にあって各国共に情報統制を強めまた管理社会と軍国化が進むのではないかと危惧しています。

 このように「西洋」が成長の限界を迎え衰退する過程での混乱は続き、新たな発展に向かう「東洋」においても覇者となりつつある中国も共産党独裁での国家資本主義と言う矛盾を持っており、また古い時代の「汚職体質の風土」と急速な発展に伴う「貧富の格差」を抱えており「力による統制強化」で国家体制の維持に向かうしかなく新たな東洋の時代での新生中国に向かうには現体制の崩壊の課程を超えないと難しいように思っています。

 そんな混乱が治まらない世界の中で日本では長期政権の安部政権も実質的な国民の支持は20%台でアベノミクスも実質的な成果が明らかでなく、森友・加計やその後の身内優遇の利益誘導も明らかになりつつありますので安部首相退陣もあり得ることで、その後の政界再編成で新たな立憲民主主義(私は世界に誇る天皇を頂く象徴天皇による立憲君主も良いと思っています)の動きが出ると新天皇と新たな年号と相まって新生日本の在り方が議論されるようになり、また東洋の時代のリーダー国としての準備が進められるのではないかと期待を込めて思っています。

 このような発展の流れが西洋から東洋に移る端境期の混乱に巻き込まれますが、こんな時代だからこそ「自分の生き方や考え方をしっかり持って未来を見いだしてゆくこと」が何よりも大切だろうと思います。

 最近ベストセラーになっている「ブレインプログラミング」に経験とイメージの区分が出来ない脳内では「思いを明確にイメージし続ける」とその明確なイメージが潜在化して脳がイメージの実現にむかって体の諸器官に指示をするようになり、その結果「思いが実現する」と書かれてあり、それは既にポールJマイヤー氏やナポレオンヒル氏の「成功法則」でも書かれていることで、端境期の混乱期には厳しい経験をすることになりますが、その経験の思いからイメージするのではなく新たな未来に向かっての自分とって価値あるイメージを描けるかどうかににかかっていると思います。

 利他村は今年は「共同体つくりくり」に焦点をあわせて仲間と共に端境期に生じる混乱を「笑い・分かち合い」を持って乗り越えるその準備とそれぞれの未来への思いを描き合いながら新たな時代へのライフスタイルの準備をする年にしたいと思っています。
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2017年12月22日

北朝鮮へは「北風でなく太陽」対応を祈ります

 今年もあと少しで新年を迎えますが北朝鮮からのミサイルや核の攻撃と言ったまったく厭な報道がされています。

 冷静に考えて見ると北朝鮮が先制攻撃をすれば一瞬の間にアメリカからの核攻撃がされ国家そのものが崩壊するのですからアメリカや日本の圧力によって金正恩体制が維持できなくなった時の「暴発」とそれ以外はアメリカの先制攻撃がない限り北朝鮮からの攻撃はあり得ないことだと思います。

 そもそも大量の核兵器をもつ大国アメリカが「核兵器禁止条約」に反対しながら抑止力として核兵器を持つ小国北朝鮮に核兵器の廃絶を強いること自体が論理矛盾で、ましてやアメリカの核の傘にいることで同じく「核兵器禁止条約」に賛成しないで北朝鮮を悪の権化のように圧力一辺倒で核放棄を強いる安倍政権の在り方にも問題があるように思えます。

 ノーベル平和賞を受賞したICANの日本人が核の被爆国として「人類と核兵器とは共存しない」と訴えたのは当然のことで、何よりも1万5千発もある核保有国の大国が核兵器禁止を誓い核廃絶を宣言することが先決でその上で核を国連監視下においてあらゆる国の核保有を禁止してゆくのが最も取るべき道のはずです

 もはや「戦争」によって勝者が力でもって敗者を支配する時代ではなく、核兵器による「戦争」は勝者も敗者も共に崩壊させてしまうのですから「戦争」は決して起こしてはいけことで、トランプ氏の「力による平和」の主張は「戯言」としか言いようがないと思います。。

 人間以外の動物も生存のために弱肉強食の争いをしていますがそれは自然の摂理の中での共存であって人間が生存のために「核兵器」を持って争いをすることは自然の摂理の枠外であって自然界への冒涜としか言いようがありません。

 人間は他の動物と違い「思考する能力」をもつ存在ですからいい加減にその能力を「奪い合い」から共存のための「分かち合い」に切り替えないとその能力によって地球そのものを崩壊させることになりかねません。

 世界の人口の10%が一日1ドルの生活を強いられ貧富の差が拡大しつつある現代ですがそんな中でも70億を超える人々が生きているのですから食料はあるのです、しかもAI(人工知能)の時代に入っていますので今からは科学技術と自然との融合で食糧の増産も可能になり「資源や食料」のために「奪い合う」ことをしないで増加し続ける人口が「分かち合い」によって安心して生存出来る時代に入っているのです

 だから各国の為政者は「北風から太陽」に意識を切り替え「力による平和」ではなく「愛による平和」を進めないと未来は開かれないように思います。

 北朝鮮へは北風ではなく太陽のような愛ある態度で良導するようになることを祈って新年を迎えたいと思います。

  またまた今回も堅いブログになってしまいましたが当分はご容赦ください、来年からは少し勉強して柔らかなブログを心がけます。
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2017年11月30日

単なる田舎暮らしではなく未来志向の田舎暮らしを!

 利他村開村10周年を契機に11年目からは「共同体つくり」に本腰を入れた活動をしたいと思っています。

 その10周年の集いの時に「利他村村長のブログは堅すぎる・・・」とのお話を頂き「では11年目から「柔らかなブログにしたい!」と思い至ったもののいざ「面白く柔らかい」ものを書くとなるとはなはだ難しく当面は習うより慣れよで努力していくことでご容赦をお願いするしかありません 

 ところで「共同体つくり」は田舎願望の人が集うことが何よりですがやはり互いの思いが理解し合え共鳴し合える人が集わないと上手く行かないだろうと思っています。

 そのような思いをしながら昨今の人々のライフスタイルを眺めると電車に乗ると前の座席に座っている人すべてがスマホを見ているのに遭遇することもあり、家の中では語る電気製品がはびこり一昔前とは大きく様変わりしています。

 そしてはAI(人工知能)がどんどん進化して何でも答えてくれるロボットの出現や行く先を告げるだけで自動運転してくれる車の出現も間近で人々のライフスタイルはさらに大きく変わろうとしていますし、そのAIテクノロジーによる高度な情報技術社会の出現は現在の知的な職業はもとよりロボット技術の進化も相まって肉体を要する職業など人が携わるあらゆる職業を一変させるだろうと思います

 そしてこのAI(人工知能)は自己増殖的しながらロボット技術も相まって世界の経済や軍事をも一変させSF映画で描かれるような世界を創り出すように思えてなりません。

 当然にそのような世界が本当に人々に幸せをもたらすのだろうかを考えると疑問が沸いてきます。

 確かに人の知能を遙かに超えるAI(人工知能)によってもたらされる世界は一つのユートピアを生み出すだろうと思いますが、それは「0と1」の組み合わせで出来上がるAI(人工知能)が生み出す一昔前によく言われた「人間疎外」の世界で、大多数の人々はにとってはAI(人工知能)によりコントロールされた世界でもあるように思います。

 そのような人の知識を凌駕するAI(人工知能)が生み出す世界が人間本来持っている「知性」以外の「感性」「理性」そして哲学・宗教のような「悟性」を伴った「意志」をもって世界を創ることは出来ないことは自明の理で、当然に人々は「人とは何か」「幸せな人生とは何か」「知的な進化によって創り出した世界とは何か」を問い求めるようだろうと思います。

 そのようなことを思い巡らしながら利他村が進めたいと思っている「共同体つくり」は単なる田舎願望の仲間だけでなく自然と共生の中で「人とは何か」「自己増殖し続けるAI(人工知能)と進化し続けるロボットが創り出す高度な社会での幸せな人生とは何か」を語り合いながら「物と心のバランスのとれた未来指向型の自給自足的な共同体つくり」を仲間たちと農作業をしながら創り合い合えればと思っています。

 またまた堅いブログになってしまいました・・・・・・・・・ご容赦を!
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2017年10月31日

[ 「保守と革新」と「リベラル」について思う

 今回の選挙で「リベラルの排除」の踏み絵があり排除された民進党の議員がそれではと新たに「保守政党」の自民党に対する「革新政党」のとして「立憲民主党」を立ち上げ野党第一党になりました。

 その「革新政党」の代表が「私は保守リベラルです」との発言、今まで伝統や文化を守り緩やかに改革しようとするのが「保守」で、古い伝統文化を変えて新たな社会を創ろうとするのが「革新」と言われていますので「保守とは何かリベラルとは何なのか」が良く解らなくなってしまいました。

 そんな時にテレビである学者が「リベラル」とは「自由主義」のことでその「自由主義」の前提は「個人主義」ですとの説明があり、そうなると日本の憲法は「個人の尊重(基本的人権)と「主権在民」が謳われていますのでリベラル=自由主義の憲法で立憲民主党も自民党も自由主義の憲法を肯定していますからどちらも「リベラル」と言うことになります

 しかし「憲法改正」での考え方では「平和主義(第9条)の憲法を守る」と言う意味では立憲民主等は「保守」と言うことになり「憲法第9条の改定」を推し進める自民党は「革新」と言うことになり、そうなると「保守リベラル政党としての立憲民主党」「革新リベラル政党の自民党」と言うことになります。

 そしてその学者が「右翼と左翼」についてアメリカ追従による国つくりを目指すのが「右翼」でアメリカとの対等による国つくりを目指すのが「左翼」との説明があり、そうなるとアメリカ追従を進めてきたのは自民党ですから「右翼政党」で自民党と対峙してきた共産党や社会党そして立憲民主等は「左翼政党」と言うことになりそれは今までと同じで頷けます。

 しかしそうなると「右翼政党」の自民党が「革新リベラル政党」になり「左翼政党」の立憲民主等が「保守リベラル」と言うことになりここでまたすんなりと頭には入らなくなります。

 選挙中に「アウフフーベン(止揚)」と言う言葉が話題になりましたが、今までの「保守・革新」「右翼・左翼」の概念を「アウフフーベン(止揚)」して新たな次元として頭を切り換えないとダメな時代になったのかも知れません

 そのように考えると「進歩発展は物の競い合いによって成り立つ」と思われてきた時代が限界を迎えて新たな時代にパラダイムシフトする変革期に来ていると受け止めて新たな時代に相応しい「アウフフーベン」をした社会を創る時代に入ったのかも知れません。

 そして「右翼革新改革リベラル」とも言える自民党は大勝したものの、天皇を国家元首にそして権力者に守ることを強いる憲法を国民に守る義務を強いるような専制的な憲法改正は「アウフフーベン」の昇華とは逆の先祖返りの時代逆行の在り方(革新でなく超保守)で時代はそのような「右翼超保守専制的」は許さないように思います。
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2017年10月20日

期待した政権交代はダメのよう!

新たに誕生した「希望の党」の代表小池百合子氏の「排除の発言」と現政権が推し進める「憲法改正」や「安保法」への対立軸が明確でないことから「希望が失望」となり「政権交代選挙」への期待が薄れ選挙前予測では与党の大勝がほぼ確実の報道がされています。

 報道どうり自公が大勝すれば強行採決した「安保法」と「憲法改正」が国民の支持を得たものとして安部強権政治が推し進められるのではないかと危惧します。

 世界は13世紀から始まった資本主義そのものが限界を迎え世界をリードしてきた欧米が衰退しつつある中で新たなテロによる非対称的な戦争が日常化するなど混迷を深めています。

 しかしその混乱を「20世紀までの力によって解決する」方法は高度に発達した核を含む近代兵器の時代にあっては「抑止力」では治まりきらないで文明そのものを消滅させる結果を生むように思えてなりません。

 にもかかわらず「安部政権」は「北朝鮮」の核とミサイルの危機を過度にあおり立て「対話なく圧力」を国連総会で訴え「力による解決を扇動する」ことそのことが日本を危険に陥れているように思えてなりません。

 もともと北朝鮮の「核保有」は休戦中であるアメリカとの終戦協定と国交樹立を目的にしているもので日本への攻撃を目的にしているものなく、アメリカと一体となって圧力を強める日本に対して「アメリカの攻撃」あれば「核攻撃」をもって反撃すると牽制しているに過ぎないのです。

 当然に圧倒的な軍事力を持つアメリカに先制攻撃することは北朝鮮の自滅につながることから考えられないことで、むしろ危険なのは「トランプ大統領」が経済的な圧力と軍事的な圧力をもっても金正恩の暴走を誘導することだと思います。

 一昔前の力(軍事力)でもって植民地を支配する時代から経済力そして金融力をもって支配していた時代が限界を迎え混迷する世界にあって過去の延長線上の「力(軍事力)をもって屈服させる解決」は危機を増幅するだけだと思います。

 「希望の党の出現」と「野党統一候補」による政権選択選挙への期待がなくなり自公が大勝する結果になったおしても、せめて与党の「平和と福祉の党」を自認する公明党が政権内で世界に類のない「平和憲法」と「被爆国」の立場でもって「対話による戦争のない平和な世界」をリードする方向で歯止めになってもらうか、新たに生まれた立憲民主党が予想以上の議席を得て「安部強権政治」を押しとどめることに期待しるしかないのではと思っています。

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2017年09月30日

[希望の党」に思う

「大義なき衆議員解散」によって瓢箪から駒「希望の党」が生まれ民進党が事実上の解党で民進党からの多くが「希望の党」から出馬することで俄然政権交代の可能性が出てきたのはそれこそ「希望」を国民に与えたのではと思います。

 安倍政権の明らかに強権な政権運営や明らかに私的な森友・加計学園への優遇がありながら受け皿となる野党がなかったことから消極的な支持と選挙制度にも助けられ多数を維持していた自公政権も「希望の党」の出現によって政権交代もあり得る状況が生まれ、たとえ政権交代が出来なかったとしても今までのような強権的な議会運営や私的な身内贔屓の税金の流用も出来なくなると思うと2009年に鳩山氏・菅氏などで誕生させた「民主党」の時のようなワクワク感が生まれたのは本当に良かったと思っています。

 しかし「希望の党」は誕生してまだ正式な政策は公表されていないものの「憲法改正」と「安保関連法」に賛成しない民進党の候補者は受け入れないとすることには疑念を感じざるを得ません。

 勿論「憲法改正」については時代の変化と共に変えることは「さもありなん」とは言えますが自民党政権が推し進める「平和主義」を謳う第9条(戦争放棄)から「戦争の出来る国」への改正をも「良し」としているのであればそれは希望ではなく失望です。

 また同じく「安保関連法」も「専守防衛」ののりを超える集団的自衛権の行使を良しとするのであればこれも希望ではなく失望です。

 北朝鮮問題についても安部首相は「対話ではなく圧力」をもって対処することを訴えていますが、これも良しとするのであれば希望ではなく失望です。

 「核や化学そして生物兵器」がより高度に進化している現在「国家間の戦争」は特に「核を持つ国との戦争」は世界の破滅に繋がることは必死でもはや現在は「国家間の戦争が出来ない時代」に入っていることから「力による圧力」は「相手国を力でもって屈服させる」と言うことで屈服を追い込むと暴発もあり得ることで屈服しないとなるとそれは軍拡競争を激化させ何かの切っ掛けで「戦争」に発展するのは必然的な成り行きです。

 日本は唯一の被爆国でもあり、戦争放棄の平和憲法を持つ崇高な理念をもつ国であり アメリカの核の傘によって近隣諸国からの抑止力になっているとは言え、日本は「抑止力競争」の流れに追従するのではなく「平和」のあらゆる対話努力をもって世界をリードすることこそ本当の「希望ある未来つくり」で世界から尊敬の集まる日本の方向だと思っています。

 「現実的な安保」と言う名目で現実対応するのであれば「戦争の出来る国としての軍拡競争の流れ」に対応するのではなく、まずは世界に1万5千発もある核の使用を一切禁止して核の保有を国連管轄とた上で北朝鮮に「対話」をもって核放棄を促すように平和対応するようであれば本当に「希望の党」だと思います。

 「希望の党」の誕生は大きな光と思いますが、本当に大きな光となった国創りに繋がることを願ってやみません
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2017年08月21日

「核無き世界」が「平和な未来社会」の入り口では!

 「森友・加計学園との関わりへの疑惑」に安部首相が明確な説明が出来ず,閣僚や行政からも証拠書類の提出や答弁も出来ないことから国民の不信がつのり安倍政権の支持率が急落したにもかかわらず政権交代を求める他派閥も無く、代わるべき野党(特に民進党)も国民の信頼を失っており国民のイライラ感が増すばかりになっています。

 しばらくは「都民ファースト」の国政版「国民ファーストの会」のような自民党でもない民進党でもない新たな思想信条を掲げた「政党」が旗揚げし登場するか、新たな理念目標を掲げて強力なリーダーが主導する「オリーブの木」のような野党連合が登場するかしないように思います。

 このような政治への不信と混乱傾向は世界の国々でも同じようで、現在は過去のシステムが崩壊し新たなシステムが生まれる端境期に生じる混乱と危機をどのように乗り越えるかを日本も世界も問われているのだろうと思います。

 そしてその混乱と危機の象徴的なことが「核保有」で「核保有が国家存立の国是」にもなっている「北朝鮮問題」も単に「北朝鮮に放棄させる」ことではなく、過去の競い合いの文明が作り出した約1万5千発もある「核」をどのように廃絶するかを具体的な道筋を北朝鮮も含めてつくるしかないのだと思います。

 安倍政権やマスコミがアメリカとのチキンレース如く過度に危機をあおり立ている「北朝鮮の核保有」については、現実的には「国保有国」として認めてその上で「核を使用できない国際環境」をつくり、「核兵器の削減」と「核無き世界」を目指すしか平和裏に解決する道はないのではと思います。

 そして日本がアメリカの核の傘にあることを理由に「核兵器禁止条約」の会議に参加せず賛成もしないのはまさに論外と言うしか無く、日本こそが唯一の被爆国として「核兵器禁止条約」に率先して賛同し「核廃絶」と「核なき世界」を訴えるに相応しい国であって、世界に誇るべき「戦争放棄」を定めた「平和憲法」を持つ日本だからこそ「戦争のない平和」な未来世界を訴えことこそが戦後レジームからの脱却であり混乱と危機からの脱却の道のように思います。

 世界のどの人々も「戦争」ではなく「平和」を求めていますし誰も「核兵器」など欲していないのです。

「核保有」は「戦争目的」で作られたもので「競い合いの文明の象徴的な遺物」で平和のために「抑止力としての核兵器の保有」を正当化するなどまさに本末転倒で、「核保有」こそが混乱と危機の原因でもあるのですから廃絶することが転換期にある新たな文明の入り口であるように思います。   

 さらに核の危機は半減期に10万年を要する使用済み核廃棄物の処理も場所も定まらないままに推し進めようとする「原発」も同じで「核兵器禁止」と同時に「原発禁止」に向かわないと戦争のない平和な未来世界は生まれないように思います。
 
混乱する日本や世界の政治にあって少なくとの「核兵器禁止」「原発禁止」を正面切って訴える新たな「政党」や「連合体」が登場することを期待するばかりです。
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2017年06月30日

「成長神話」の時代は過ぎたのでは!

田舎町の自然に囲まれた里山の天上界とも言える利他村から地上界の昨今の政治や経済の様子を見る「下界には戻りたくないな〜」との思いに駆られます。

 バブル崩壊から低迷してしていた日本にあって安倍政権が誕生して「アベノミクスによる成長戦略」を掲げて長く続いて来ましたが人々には実感がなくどうも失敗に終わっているようで、そもそも「成長神話」の時代は過ぎているのではと思えてなりません。

 グローバル化した世界にあって「競い合いによる成長」を進めると当然に多国籍化した企業がますます豊かになる一方で国内ではグローバルなコスト競争にさらされ給料を上げることも出来ないで非正規社員の割合を増やすしかなくその結果1:99と言われる格差社会が生まれ、また貧しき層の不満を背景にした「テロ」が生まれ全体として経済の成長が止まるようになり「成長神話」による国つくりはもはや限界に来ているように思います。

 しかし安倍政権が進めようとしている「美しい国」は、どうも一昔前の先祖返りのような力を背景にした「成長神話」を掲げての「富国強兵・殖産興業」の国つくりのようで、そのために主権在民・基本的人権・平和主義を基にした「立法・行政・司法の三権分立」をも歪め権力の一局集中と第四の権力と言われるマスメディア支配によって国民に対する情報操作と監視を強めながら言わば「独裁政治」に繋がるような「権力者にとっての美しい国つくり」を国民に強いるようになり、まさにワイマールの民主主義憲法の中で生まれたヒトラーの独裁政権と同じ流れのように見えてなりません。

 そもそも今の世界は一昔前のような列強国が軍事力によって植民地を広げ資源や食料を確保することで自国の利益を得ることなど出来なくなっており、拡大させる植民地はもちろん資源や食料を増産させるに相応しい土地も限られ「成長神話」と力を背景にした競い合いによる成長を求めることは「終わなき対立・紛争・戦争」を生み出ししかなく進化している近代兵器にあっては「戦争」になれば勝者敗者はなく全体を崩壊させるしかないように思います。

 世界の人口が70億人を超えている現在、格差が拡大し固定化する中で自然環境の変化も相まって食料を得られないために亡くなる人々や食料を求め移民せざるを得ない過酷な状況が進行していますが、そのような世界にあって70億人の人々が存在し増え続けていけるのは、まさに天が何時も地球上で人口に見合った食料を生み出す自然界を準備していると同時に人々をして科学や技術力をもって食料を増産させる力を与えているように思えてなりません。

 そのような天の恩恵を受ける地球にあって、もはや限界に来ている「成長神話による競い合い・奪い合い」ではなく天が与えている自然界と人の能力をもって新たに「分かち合い・与え合い」の新たな世界にシフトアップさせるしかありません

 天上界のような利他村から覗いてみれば「戻りたくない競い合い・奪い合いの下界です」がただ眺めていても楽しい下界は見えてきませんので、まずは利他村から「分かち合い・与え合う共創による共同体つくり」によって「戻りたい下界へのひな形」つくりを共鳴し合う仲間と共に始めることだと思っています。

 そしてこのような仲間が世界や日本の至る所から生まれてくれば新たな時代が生まれるようにも思っています。
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2017年05月31日

最近の日本の政治には唖然とすることが多すぎます 

 明らかに阿部首相に関わりがあり支援していたと思われる森友学園問題や加計学園問題では安倍首相との関わりが疑われそうな資料を財務省でも文科省でも破棄や調査をしても確認できなかったとして、閣僚はもとより各省の官僚たちは「貝のごとく口を閉ざし」あろうことに前森友学園長や前文科事務次官の人格や素行の悪さに問題をすり替えウヤウヤする現政権には何おか言わんと驚くばかりです

 そして圧倒的な多数の議席をもつ自民・公明と実質与党の維新を背景に安倍政権が国民への十分な説明をすることなく国民に理解が十分にされない状態で戦前の特高警察に繋がるような「共謀罪」を強行採決し、先の特別秘密保護法の強行採決をはじめ武器輸出三原則を改定、集団的自衛権を閣議決議で押し通すなどはまさに横暴な強権政治としか言いようがありません

 民主主義国家とは人々の色々な意見や提案をボトムアップで国民の理解が十分に得られるまで審議をして最終的には多数決で決め、決めたことを皆が従うことで成り立つ世界ですから当然に時間がかかり、専制政治や独裁政治のようなトップダウンで決め皆が従うような世界では無いのです

 確かに、現在は地球そのものの変動期でもあり、また既に成長の限界により各国共に経済が低迷しており、貧富の格差が拡大を続け「テロが日常化」する危機の時代にあって、時間がかかり中々決まらない民主主義による国会運営よりも「強いリーダーや政権」に委ね独裁的に決める政治を人々が求めるようになるのも理解できますが、さりとてそれは民主主義により生まれたヒトラーのごとく恐ろしい結果になることは歴史が示しています。

 危機の時代にあっては「強いリーダー」と「安定した政権」を人々がもとめるのは当然とも思いますが、大切なのは「徳の備わったリーダー」と「未来を描き示せるリーダー」で、戦前回帰に近い「美しい日本」を信条として「憲法改正」を使命のごとくに強引に推し進めようとする安倍首相と人事権と解散権を持つ首相に「唇わびし」と口を紡ぐ与党政治家や官僚により運営される政治を黙認するような現状はそれは「悪しき民主主義」としか言いようがありません。

 残念なことに「徳が備わり、未来を描き示せるリーダー」が出にくい日本の政治状況にあっては、もはや国家に期待しても変わることはなく、それぞれの地域や企業の中でそれぞれの立ち位置で自ら生み出しネットワークをつくり変えて行くしか無いようにも思います。

 おそらく、そのような動きが地域や企業から生まれ「下克上」のような状況が生み出されて政治をはじめあらゆるシステムが変わり生まれ変わるのだと思い期待します。
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2017年04月29日

またもや北朝鮮について思う

 昨今のテレビ報道では北朝鮮の核実験と大陸間のICBMの実験にアメリカが圧倒的な軍事力をもって威嚇し一触即発のような危機感をあおるような報道がされています。

 しかし国民はそのような危機情報に不安はもつものの案外に正常であるのは何よりほっとすることです

 北朝鮮は経済において韓国とは大きく差が広がり、主体思想の基に軍事優先の国家運営をしていますが軍事力ではアメリカとは歴然の差があり戦争状態になれば国家そのものが崩壊するのは明らかで、北朝鮮から先制して核搭載のミサイルで他国を攻撃するなど考えられないことで=あるとすれば危機状態にあって起こる偶発な衝突を契機に生じる戦争から最終場面での自暴自棄になったリーダーの決断しか考えられません。

 そして、実際に戦闘状態になれば韓国駐在のアメリカ人やその基地そしてソウルが大きな被害を被るは明らかで、当然にアメリカ軍基地のある日本も被害を被るのは明らかで、そのようなリスクがあるにも関わらず北朝鮮が核実験やCBMの実験をしたからと行ってアメリカ軍が即反撃するなども考えられないことです。

 そもそも核や化学兵器や生物兵器そして高度に情報化し人工知能を掲載した近代兵器の時代に合って「力には力で対抗する」などは愚の骨頂で、一旦そのような状態になると勝者も敗者も無く参加するすべての国に被害が生じるばかりか世界全体が崩壊に向かうのは少し考えれば解ることです。

 このような状態にある地球や世界は1972年の「ローマクラブ」が「成長の限界」と警告をしたように「競争の時代」はすでに限界に来ておりその延長線上に未来がなく、それでなくても70億人を超えた世界の人々に衣食住を行き渡らせるにはもはや「競争原理」ではなく「分け合い」での「共創原理」に人々の意識が変革することなくして未来が開かない時代に入っています。

 トランプ大統領の出現を始めEUの崩壊現象など、ヒョッとすると「成長の限界」を意識してトランプ大統領やプーチン大統領や習近平国家主席など世界を動かし得る立場のリーダーの合意を得て、敢えて「危機状態」を創り、このまま行けば世界全体が崩壊することを人々に気づかせ次なる平和で持続可能な地球や世界をつくりだすための高騰戦略なのかもしれません・・・・・そのようであればとも期待を込めて思っています。

 北朝鮮は言わば「競争の時代」での「敗者」ですが、さりとてどの国の隷属国とならずにいる「主体思想」を国是とする国ですので当然に「勝者」であるアメリカなどの軍事圧力には「核」や大陸間ICBMなどをもつことで対抗するしかないとする戦略は理解出来ないことではありません。

 そもそも核保有を抑止力として是認しあうアメリカを始めとした世界の強国が弱者である北朝鮮の核保有を認めないことは論理矛盾で「核放棄」をすれば支援をしようと言うのも「イラクやリビア」へのアメリカの力による軍事介入の実態を知る北朝鮮には説得力がありません、むしろ世界の強国が弱者に対しては「力による圧力」ではなく特に北朝鮮については民族の悲願である南北統一を平和裏に実現するための支援をすることであって、また歴史的なつながりがあり植民地として支配をしていた時期もあった日本は、東アジアの平和のためにも中国と共により積極的に支援をして行くことが未来を開く戦略では無いのかと思います
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2017年03月28日

今回の森友学園問題と忖度について思う

 森友学園問題が連日報道されて政府や行政の答弁に国民の不信感が広がっています。

 それは国の土地を安価で譲渡したことについてその経過の「議事録」を国は破棄したと答え、その小学校建設への認可についての経過も大阪府は「議事録」を作成していないとして言い逃れ答弁をしていることへの不信感です。

 安価な譲渡や認可の課程の記録でである「議事録」を公表すれば疑問が晴れることですからそれを破棄したとか作成していないとかとする国や官僚の答弁に疑いをもつのは至極当然のことです。

 そして安倍首相が「安価な土地への売買に関与をしていれば首相も国会議員も辞める」と発言していますが、児童に「教育勅語」を諳んじさせる右翼的な信条を推し進める「籠池理事長」の教育に共鳴する発言をしていたことを見ても安倍首相は森友学園に対して好意的な思いを持っていたことは明らかだろうと思います。

 その安倍首相は一強の与党のリーダーであり、官僚の殺生与奪の権利を持つようになったことから当然に官僚は安倍首相の思いを計るようになるのも至極当然で、直接の関与はしなかったと思われるものの官僚が安倍首相の思いを忖度して「安価な譲渡」や「認可」を進めたとしか思いようがありません

 あってはならない「議事録の破棄や議事録そのものを作成していない」との言い逃れ答弁はまさにそれを裏付けるもので、安倍首相が幾ら言葉巧みに「忖度がなかった」と言い逃れてもますます不信感が増幅されるも至極当然のことだろうと思います。

 確かに「籠池理事長」の人間性については疑わしいとは感じるものの、さりとて「偽証罪」にもなる証人喚問での証言すべてが「嘘で事実でない」と押し通す安倍首相はあまりにも不誠実な言動で不用意な辞任発言をしたのですから不本意でも「辞任」しか無いように思います。

 人の心を思い計る(忖度)は決して悪いことではなくむしろ良いことだと思いますが、殺生与奪の権力をもつ人への配下の人がする忖度が正しいとするのは誰の目から見てもさもありなんと思える場合であって。残っているのが当たり前の「議事録」を隠し通すのではなく公表するしかなく、それを「うやむや」にしたまま「忖度」など無かったとすること自体「悪い忖度」の見本としか言いようがありません。

 安倍首相にとって正しい忖度とは権力をもたない「象徴天皇」の「戦争のない平和な国つくり」の思いを忖度して国民に「戦争のない平和な国つくり」の在り方を示し「平和憲法」を持って世界に働きかけることが権力をもつ正しいシーダーの忖度の在り方で、「配下の人々の忖度」の有無を答弁することではないと思います。
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2017年02月28日

今回の北朝鮮の事件に思う

 報道によれば北朝鮮の金正男氏が弟に当たる北朝鮮の金正恩氏の指示によって暗殺されたニュースが連日報道され、以前から北朝鮮を「何をするかわからない国」との印象もあり今回のニュースによって人々はますます「危険な国」との印象を持つようになったと思います

 確かに経済的に貧しく一党独裁の軍事優先の北朝鮮について、また「拉致問題」の解決の見通しがつかないことへの苛立ちもあることから日本では北朝鮮の現体制を嫌悪する人が多いだろうと思います。

 しかし、そのような「北朝鮮への危機報道」や日本の現政権がしている「中国や北朝鮮」の脅威を基にして軍事力の増強をするようなことがますます危険を風潮を増幅させるように思います。

 近年世界的な経済の低迷と貧富の格差の固定化が進むことによって「何はともあれこの閉塞感を変えて欲しい」という風潮が世界的に漂っており、これが健全な民主主義的な改革のエネルギーになるのではなくて、暴言とも言える発言をするトランプ氏やフイルピンのドゥテルテ氏を大統領に選びヨーロッパでは右翼的なリーダーの支持が増え、また日本でも右翼的と言われている安倍首相が高い支持率を持ち続けるなど危険な風潮があるように思えます。

 このような風潮が戦争を誘導してきた歴史があることから、今回の事件がこのような危険な流れをますます増幅させないで欲しいと望むばかりです

 北朝鮮は既に窮地に追い込まれており「核を持つことで辛うじて国の威信を維持している」状況と言えますから今回の暗殺が金正恩氏の指示であることが確実であれば「国家犯罪」と言うことになり世界から更なる制裁が課されることになり、世界の制裁の在り方によっては「暴発」せざるを得ない状態に追い込まれることになりかねません(世界はそこまでさせない知恵があるとは思いますがそれは危機の先延ばしにしか過ぎません)

 「主体思想」を持ちグローバルな軍産複合体からの支配を受けない国である北朝鮮は逆に言えばすばらしい在り方でまた地下資源豊富な国ですから世界が制裁だけに進めるのではなく経済的に貧しい国への支援や援助の方向で取り組み、その過程の中で金王朝と言われる体制を上手く変えるように仕向け、念願である民族統一に向かわせるように上手く進めることが出来るかどうかが本当の知恵であるように思います

 そして近い国である日本こそが「中国・韓国」とともに、今回の事件を切っ掛けに上手く北朝鮮をリードする方向で連携を深め「東アジアの平和」を増幅させることによって、懸案である「拉致問題」も解決の方向に進むのではと思います。
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2017年01月24日

イギリスのEU離脱やトランプ氏の出現で世界は大きく変わる!

 統合に向かっていたEUからイギリスが離脱をし、トランプ氏が大統領が就任し「アメリカ第一」を掲げ今までの新自由主義とグローバルの流れが逆の孤立主義、排他主義、保護主義の流れに大きく変わり始めようとしています。

その結果、保護主義は必然的に世界経済全体を縮小させるようになり「孤立主義」「排他主義は」必然的に「力を背景にした」世界をつくり「戦争」の危機が増すだろうと思います。

 さりとて現在の新自由主義とグローバルの流れは貧富の格差の増大固定化を招きテロ等を生み出しているのですからそれも「戦争」の危機を増していることになります。

 このように現在の新自由主義とグローバルの流れにしても逆に保護主義の流れにしてもどちらも明るい未来を描ける在り方ではなく「知と物の豊かさを良し」とした作り上げた資本主義と現在の文明が限界を迎えているようにしか思えません。
  
 日本においても「安倍政権」の施策の「アベノミクス」の成果は見られず先祖返りのような富国強兵思考で、しかも力を失ったアメリカに追従する国つくりを目指していますので終焉に向かう文明シナリオの流れの中での施策で新たな文明を思い描けるようなことを見せてくれていません。

 世界も日本の人々もこのような状況にあって当然に「このままではダメで変えないと!」との思いを持っていますが、残念ながら「理性無きポピリズム」に流されてトランプ現象を生み出すしかなく新たな未来を生み出すエネルギーにはなっていません。

 願わくば人々の「このままではダメで変えないと!」との思いが「理性豊かなポピリズム」となって新たな文明を創るシナリオの流れ生み出しエネルギーになることを期待するばかりです。

 おそらくイギリスのEU離脱や今回のトランプ現象は古い文明の終焉シナリオでの端境期に生ずる混乱と破壊を明らかにする出来事のようでこのような出来事を通して人々の意識を変革させ新たな文明のシナリオが生まれてくるのではないかと思います。

 「新たな文明」はおそらく「自然を破壊し知と物の豊かさを競った競争の時代」から新たな「自然と共生し愛と心の豊かさを創り合う共創の時代」へ人々の意識の止揚によって始まるように思います。

 イギリスのEU離脱や今回のトランプ現象はそのような意味で文明的な流れを変える始まりの象徴的な出来事のように思えてなりません 

 
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2016年12月20日

「利他村ダーチャの里つくり」では「無肥料・無農薬の自然栽培に特化します!

 お金の有る無しが幸せの最大の基準になっているように思えますが、やはり人の幸せはお金ではなくで「健康」で「安心」して過ごせることだと思っています。

 もちろん健康で文化的な生活を営むには贅沢をしないまでも最低限の収入が必要なことは言うまでもありません。

 しかし、その収入も「健康」で働けないと難しくなりますし、そもそも「健康」だからこそ行きたいところに行け人と会って楽しむことが出来るのですから幸せの第一はなんと言っても「健康」であることだと思います。

 そしてその「健康」の維持は「正しい食事」と「適度な運動」と「ストレスのない環境つくり」でそれは自分の心がけ次第ですから「自己責任」と言うことができます。

 ただ「正しい食事」については確かに「バランスの良い食事」や「腹八分目」そして「暴飲暴食を避ける」などは「自己責任」と言えますが「正しい食材」については「自己責任」と言う訳にはゆきません、

 スーパーなどで買う食材で「食品添加物」や「遺伝子組換え」そして「有機で無農薬栽培」など食品メーカーも厳密な表示をしていませんので見分けてるは難しく、特に海外からの輸入食品については「遺伝子組換え」の有無は見分けられません。

 また「有機栽培」が安心であるように言われていますが、有機肥料によって栽培された農野菜には虫がつきやすく穴だらけの野菜は売れないことから各種の農薬が使われています。

そして農地そのものも連作障害を抑えるために化学的な土壌改良剤が使われいますので、農家の人からも「無農薬で農作物をつくるのは農業を知らない人の戯言」と笑われるのが現状で「無肥料・無農薬」の自然栽培を近くでされると自分の田畑が虫の被害に遭うと非難されるとも聞いています。

 このように私たちが口にしている食材は「食品添加物」や「遺伝子組み換え」から逃ようがなく、特に加工過程での化学薬品などよくわからない加工食品となるともはや避けようがありません

 さらにたとえ無肥料・無農薬の自然栽培であっても「種子」そのものが薬品でコーティングされたF1種(一代限りの種子)がほとんどで固定種(自然に成る種子)を入手すること事態が難しいのが現状です。

 おそらく「アトピー」や昔なかった「難病」の多くは長年のそのような食材の摂取が原因だと思いますので「健康」を維持するための「正しい食材」は「自然農法」の食材を扱う食材販売業者を探すか自分で作るしかなく、また「自然農法」を目指している信頼できる仲間とのネットを作るしかありません。

 そのようなことに気づかされましたので「利他村ダーチャの里つくり」ではいろいろな壁がありますが「無肥料・無農薬の自然農法」に特化した「健康で持続可能な共同体」をめざし挑戦します。


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2016年11月30日

トランプ新大統領誕生に思う

 専門家やほとんどのメディアの予想が外れ、暴言に近い発言をしていた泡沫候補のトランプ氏が次期アメリカ大統領に選ばれ、世界は先のイギリスのEU離脱以上の衝撃を受け対応が解らないままに2017年を迎えようとしています。

 しかし明らかなことは10年ごとに朝鮮戦争・ベトナム戦争・イランイラクから湾岸戦争そしてアフガニスタン戦争と戦争経済によって支えてきたアメリカがそれらの戦争の実質的な敗北によって財政的に疲弊し「世界の警察」としての覇権国の力を失い、国内的には1%の富裕層が国内の40%の富を持ち10%の人が80%の富を持つと言った貧富の格差による不安定化した国内問題を抱え、今後は確実に国内指向の保護主義思考に向かわざるを得ないことが予想されます。

 それはトランプ氏の国内製造業保護のための「TPP離脱」や日本や韓国に対して「自分の国は自分で守れ」との発言、そして関係悪化にあったロシアや北朝鮮に対しての融和的な発言はまさにその現れだろうと思います。

 トランプ氏は経営実業家で倒産を4回して借金王とも呼ばれて成り上がったたぐいまれな不動産王で政治経験がないこともあって経営的損得思考でのアメリカ第一主義の保護主義政策を行うことは予測され、そのことによって軍産複合体主導により覇権国として世界をリードしてきた今までの在り方を変えられるようであれば大きな時代変化の兆しになるものの逆に投機的な経営要素のある不動産経営思考の延長線上で金融経済の流れに乗るようであれば進行しつつある世界全体の崩壊を助長させるだけだろうと思います。

 現在の世界は覇権国家であったアメリカが落ちぶれ混沌さを増し閉塞感にあることは否めなく、どの国も「何はともあれチェンジ」を求める声が漂っており、それが暴言トランプを生み出したと言えますし、また世界全体に右翼系のリーダーや暴言発言をする人物をリーダーに選ぶ傾向が出ており、覇権国なき下克上の時代にあってますます今後混沌さ増し危険が増すことは確かだろうと思います。

 言わずもがな現安倍政権が推し進めているのは、先祖返りの富国強兵による力による強権的な政治であるにもかかわらず高い支持率を得ているのはそのような時代背景にあるからだろうと思います。

 しかし個々が豊かさを求め自由に競い合うことによって豊かな物質社会を生む出した資本主義が実態のない金融の競い合いによる強欲資本主義に変貌し資本主義そのものが限界を迎えた現在「力による危機対応」は未来を創るのではなく崩壊の流れを助長するしかないように思います。

 まさに世界に衝撃を与えるようなトランプ氏の出現が過去の流れを変える兆しになるのか崩壊を助長させる兆しになるのか2017年の大統領就任以降の在り方を見ないと解らないと思っています。
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2016年10月27日

天皇の「生前退位」に思う

 天皇陛下自ら高齢になられ憲法で定められた国事の仕事を生前に皇太子に委譲したい旨のお言葉があり「生前退位」と言うことで議論がされています。

 しかし天皇の国政については平成天皇に限っての特別法で定めるとの話もありますがそもそも天皇の国政は憲法の「皇室典範」で定められており「特別法」で定めることは憲法違反になる筈で「皇室典範」そのものを改訂するのが正しいのではと思います。

戦前は「憲法を超えた存在」として現人神と位置づけ、憲法では国家元首として「統治権」と「統帥権」を持つ存在でしたので、先の戦争では当然にA級戦犯以上の戦争責任を負う立場にあったと言えます。

 にも関わらず戦勝国に「天皇責任」を放棄させたのは、長い日本の歴史の中で培われた国民の天皇に対する潜在的な思いの強さと、終戦時マッカーサーに「神を見た!」と言わしめた天皇の言動などもあり、法的に「戦争責任」を負わせることは難しく、天皇と一体となっている国民の思いを顧みて天皇をして混乱のない戦争終結を委ねることが最善の方法であるとの判断があったからだと思います。

 そして「人間宣言」をされ、「国民総意の象徴」として「皇室典範」に定められた範囲の国事のみの仕事と改められた現憲法下で70年が経過して、国民も「象徴天皇」については明確に理解をしているとは言いがたいものの国民の中に自然に定着していることから、高齢になられた天皇のお言葉をそのまま受け入れ、今後の天皇にも相応しい「皇室典範」へと改定するのが良いように思います。

 ただ「天皇」の在り方について少し危惧していことは安倍政権が目指す「憲法改正案」で、そこには天皇を「元首」と定めているばかりか、憲法第9条の改正を視野に既に「特別秘密保護法」や戦争の出来る国としての「安保法」そして「武器輸出可能な法律」を定めるなど「象徴天皇」の位置を「元首」に変えることによっての再び力を背景にした強い国つくりの意向がうかがえます。

 もちろん国民が戦前のごとく「天皇」を神格化するなどはないでしょうし、昭和天皇の戦後九年間にわたる全国への巡幸と国民への励ましの姿を知っていますし、平成天皇も全国はおろかアジアの戦地への慰霊の旅を続けられており、また自然災害の被災地に出かけての励まし訪問などの姿を見ており、一貫して発せられる「再び戦火にならない平和と国民の平穏への願い」のお言葉を国民が親しみと敬意を持って受け止めて決して「国家元首」などは望んでいないと思います。

 そして「象徴天皇」の言動は「平和の象徴として」世界の人々にも受け入れられており、先祖返りの「国家元首」への憲法改正は国民の思いからも世界の国からも受け入れがたいことで、ましてやこの度の天皇のお言葉に対して「生前退位」との言葉で憲法違反と言える「特別法」で決めてしまうことは国民総意とはかけ離れた議論だと思います。

 長い歴史の中で培われた天皇への国民の親しみと神聖な君民共生の思いをもって国民総意として受け入れている「象徴天皇」を変えることなく、高齢になられ発せられたお言葉を「さもありなん」と素直に忖度してこれかのの天皇にも自然に引き継がれるように「生前退位」ということではなく「皇室典範」で天皇の国事に関する仕事の在り方を改正することで良いのではと思います

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2016年09月27日

「現在は文明の大転換にあると意識して活動を進めます」

 村山節氏の「800年周期説(西洋が興隆する時代と東洋が興隆する時代が800年周期で入れ替わっている)」に興味を待っていましたが最近読んだ千賀一生氏の「ガイヤの法則」にも文明の中心地が1,611年周期で経度22.5度ずつ東周りと西回りに移動して、西周りはインダス=メソポタミア=ギリシャ=ローマ=ロンドンへと移動し、東周りはシュメール=インダス=ガンジス=唐へと移動し、それぞれの文明は1,611年の800年間は興隆期で800年間は衰退期になり、西周りの800年間の衰退期には東回りの800年間が興隆期になっている・・・・現在は西回りのロンドン(グリニッチ)が中心になった800年間の興隆期が終わり停滞期の800年間に入り、逆に今からの800年は唐(中国)から22.5度東周りの日本(東緯135度の明石・淡路ライン)が文明の興隆の中心になる・・・・・しかも今回は1,611年の4倍の6,444年の大きな周期の大転換期と重なり、それは既に1995年から始まっている・・・・・・・と文明の800年周期説が符合しています。

 現在が文明の転換期にあることはスピリチャル系の著書などで「マヤ暦が終わり新たな暦の時代に入った」とか「地球の波動が5次元にシフトアップした」とか「地球がフォトンベルト帯に入った」とか・・・・・また利他村の活動を支援して頂いている「太陽の会」の中丸薫氏の著書や講演でそのような話を聞いていましたので、「物と知に比重を置いて競争原理での発展を良しとした文明」が終焉しつつあると思っていますし、1972年にローマクラブが出した報告書「成長の限界」にも資本主義への警告がされており、資本主義が「グローバルな金融資本主義」にと変貌するに至って自浄作用能力を失い世界全体がコントロール不能になっているように思えることからも文明の転換期にあることは確かだと思っています。

 勿論、世界や日本の指導的リーダーも世界の混乱に対してコントロール不能であることを感じながらも、過去の流れの延長線上で「力による競争原理」を推し進めるしかなく「物と知の文明」の流れの枠内から抜け出せないで新たな文明への展望を示すことができないでいるように思われます。

 そのような文明の大転換期にあることを意識して、利他村は少なくとも過去の延長線上での流れから抜け出す方向で進みたいと思っていますし、転換期に必然的に生ずる自然環境の変動や経済環境の混乱への準備と新たな文明でのライフスタイルを模索しながらの準備はしたいと思っています。

 そして自然災害や経済的な混乱と破綻が激しくなりつつある中で少なくとも「健康で持続可能なライフスタイル」が保てる「共同体つくり」をしたい、そして食料の自給自足を視野に「休日は田舎で農園暮らし」をテーマに始めた活動に共鳴する仲間も集い始めています。

 このたび「自然農法による自給自足」を夢に利他村の共同体つくりに共鳴して若い女性が利他村に移住をはじめ、何か新たな始まりではないかと思っています。
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2016年08月23日

若い人たちで賑わい新たな展望が開けた夏の利他村でした

 今年も海外学生ボランティアの利他村でのワークキャンプを8月1日〜10日まで受け入れ、ロシア(リザさん)・ウクライナ(ディマ君)・イタリア(アレ君)と日本人リーダー岡本君が来村し、猛暑の炎天下の下で熱中症をも跳ねつけながらカントリーハウスのゲイトやテラスのペンキ塗りから草刈り、そして遊歩道周辺の森林整備の活動や目高の借り農地(耕作放棄地)の草刈りなどのハードなワークをしながら、仕事を終えての近くの温泉巡りや夏祭り参加と精力的に日本の田舎の生活と文化に触れ楽しい賑やかな国際交流の日々が続きました。

 そして、利他村にとってもっとも嬉しい出来事は、自然農法による自給自足をしたいと利他村の活動に共鳴して神奈川在住の24歳の女性が8月から利他村に移住をしたことです。

 彼女は以前にも紹介したシベリアの自然の中で原野を住まいに自給自足で過ごす聖女(アナスタシア)を描いて出版された(世界中で1,100万部)本の読者で、その日本の翻訳家が主宰する「お茶会」に参加し、その主宰者から利他村の共同体つくりを紹介され興味をもって6月終わりに利他村に訪れ、運転免許が何よりも大切な田舎暮らしのために7月に運転免許を取得して8月に利他村に移住を決めた利他村第一号の移住者です。
 
 しかしながら利他村で自給自足でアナスタシアのように自然を住まいにすることは難しく、最低限の収入を見つけないとと探したところ、幸運にも地元で一番人気の喫茶店が募集を始めるタイミングにぴったり合い務めることが出来、利他村での無農薬で腐葉土を集めての自然農業を開始しています。

 さらに、昨年「限界集落」をテーマ卒業論文にしたいと取材に来た関西大学の学生2人が就職も決まり社会人になったので表敬訪問にと突然来村し、今後機会をつくって来ますとのこと、この夏はまさに若い人が集い賑わう夏の利他村になりました。

 21世紀に入り十数年になり、地球自体の活動期も相まって世界的な天変地変と重なり、20世紀までの「知」と「物」に比重を置いて発展した文明も「競争による成長の限界」を迎えダッチロールしながら壊れつつある現在、新たな21世紀を創るのは「若い人たちのエネルギーと想像力」だと思っています。

 そして「個々の競争」ではなく健康で維持可能な「共創による共生」の新たな21世紀のライフスタイルのひな形を創りたいと思っている利他村にとって「若いエネルギー」が参加しにぎわう夏の利他村であったことは本当にうれしいことでした。
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2016年07月31日

「物の世界」と「心の世界」

私たちは「物の世界」と同時に「心の世界」を生きています

「物の世界」は空間と時間のある目に見える有限で相対的で自分を全体の中で客観的に判断して生きる世界です。

「心の世界」は空間と時間の制約がなく主観的に思い描くと心の中で即実現する唯我独尊の世界です。

 したがって「心の世界」は主観的で自由自在に思いが即実現する世界ですから本来「苦悩」など起こりようがないのです。

 ところが私たちが誰もが「苦悩」するのは「物の世界」に生きているからで、いくら自由自在に「心の世界」で思い描いても空間と時間の枠の中で社会や他の人との葛藤もあり即実現しませんし、もう一つは「物の世界」では「肉体」を維持しなければ生きてゆくことが出来ないことでで肉体の生存欲求も「物の世界」の制約の中では思いどうりにはならず生きる過程では誰もが「苦悩」するのです。

 このように「苦悩」は「心の世界」発ではなく「肉体を持って物の世界」を生きていることに「原因」があり「物の世界」では誰もが「苦悩の罠」から逃れようがありません。

 とは言うものの私たちは決して「苦悩」する為に生まれているのではなく「苦悩の罠」から逃れる方法がある筈で、幸いなことにその方法を教えてくれているお釈迦さんやキリストなどの預言者(神の言葉を預かる聖者)がいます。

 それらの聖者は「苦悩」は「肉体や物の世界」の中で解決しようとしても「ミラ取りがミイラになる」だけだ!・・・「苦悩」から逃れには「物の世界」に生ずる苦悩に心奪われて生きるのではなく、「心の世界」を出発にして心の法則を気づき「物と心のバランス」をとって「物の世界」で生きれば「苦悩の罠」から逃れることが出来ると教えています。

 残念ながら、現在の世界や日本はそのようになっているとは言えません「自由・平等・博愛」や「民主主義・基本的人権・平和」と言った「物と心のバランス」の願いがある一方で「物の世界」での「生存欲求」を原因とした「競い合い」の流れがますます激しくなり、今や国連も各国もその流れにブレーキがかけられない状況になっおり、日本でも海外に武器を持って戦うことが出来るようにするなど「ミイラ取りがミイラになる」ようなで状況を創りつつあります。

「心の世界」には本来「調和・愛」の波動ががあり、そこからは必然的に「分かち合い」「共生や平和」の思いが生まれます、その思いを出発にして「物の世界」で「肉体」を維持する生き方が「苦悩の罠」から逃れる方法で、そのような世界を創る為に私たちが生きているのが本来の目的のように思います。

 今の世界や日本の在り方からは「物と心のバランスのとれた物の世界」を作るのは難しいと思いますが、さりとて「苦悩ではなく夢のある世界」を創りたいと思っていますので、まずはそのような思いの人たちと一歩一歩利他村の共生の村つくり活動が出来ればなと思っています。
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