2017年03月28日

今回の森友学園問題と忖度について思う

 森友学園問題が連日報道されて政府や行政の答弁に国民の不信感が広がっています。

 それは国の土地を安価で譲渡したことについてその経過の「議事録」を国は破棄したと答え、その小学校建設への認可についての経過も大阪府は「議事録」を作成していないとして言い逃れ答弁をしていることへの不信感です。

 安価な譲渡や認可の課程の記録でである「議事録」を公表すれば疑問が晴れることですからそれを破棄したとか作成していないとかとする国や官僚の答弁に疑いをもつのは至極当然のことです。

 そして安倍首相が「安価な土地への売買に関与をしていれば首相も国会議員も辞める」と発言していますが、児童に「教育勅語」を諳んじさせる右翼的な信条を推し進める「籠池理事長」の教育に共鳴する発言をしていたことを見ても安倍首相は森友学園に対して好意的な思いを持っていたことは明らかだろうと思います。

 その安倍首相は一強の与党のリーダーであり、官僚の殺生与奪の権利を持つようになったことから当然に官僚は安倍首相の思いを計るようになるのも至極当然で、直接の関与はしなかったと思われるものの官僚が安倍首相の思いを忖度して「安価な譲渡」や「認可」を進めたとしか思いようがありません

 あってはならない「議事録の破棄や議事録そのものを作成していない」との言い逃れ答弁はまさにそれを裏付けるもので、安倍首相が幾ら言葉巧みに「忖度がなかった」と言い逃れてもますます不信感が増幅されるも至極当然のことだろうと思います。

 確かに「籠池理事長」の人間性については疑わしいとは感じるものの、さりとて「偽証罪」にもなる証人喚問での証言すべてが「嘘で事実でない」と押し通す安倍首相はあまりにも不誠実な言動で不用意な辞任発言をしたのですから不本意でも「辞任」しか無いように思います。

 人の心を思い計る(忖度)は決して悪いことではなくむしろ良いことだと思いますが、殺生与奪の権力をもつ人への配下の人がする忖度が正しいとするのは誰の目から見てもさもありなんと思える場合であって。残っているのが当たり前の「議事録」を隠し通すのではなく公表するしかなく、それを「うやむや」にしたまま「忖度」など無かったとすること自体「悪い忖度」の見本としか言いようがありません。

 安倍首相にとって正しい忖度とは権力をもたない「象徴天皇」の「戦争のない平和な国つくり」の思いを忖度して国民に「戦争のない平和な国つくり」の在り方を示し「平和憲法」を持って世界に働きかけることが権力をもつ正しいシーダーの忖度の在り方で、「配下の人々の忖度」の有無を答弁することではないと思います。
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2017年02月28日

今回の北朝鮮の事件に思う

 報道によれば北朝鮮の金正男氏が弟に当たる北朝鮮の金正恩氏の指示によって暗殺されたニュースが連日報道され、以前から北朝鮮を「何をするかわからない国」との印象もあり今回のニュースによって人々はますます「危険な国」との印象を持つようになったと思います

 確かに経済的に貧しく一党独裁の軍事優先の北朝鮮について、また「拉致問題」の解決の見通しがつかないことへの苛立ちもあることから日本では北朝鮮の現体制を嫌悪する人が多いだろうと思います。

 しかし、そのような「北朝鮮への危機報道」や日本の現政権がしている「中国や北朝鮮」の脅威を基にして軍事力の増強をするようなことがますます危険を風潮を増幅させるように思います。

 近年世界的な経済の低迷と貧富の格差の固定化が進むことによって「何はともあれこの閉塞感を変えて欲しい」という風潮が世界的に漂っており、これが健全な民主主義的な改革のエネルギーになるのではなくて、暴言とも言える発言をするトランプ氏やフイルピンのドゥテルテ氏を大統領に選びヨーロッパでは右翼的なリーダーの支持が増え、また日本でも右翼的と言われている安倍首相が高い支持率を持ち続けるなど危険な風潮があるように思えます。

 このような風潮が戦争を誘導してきた歴史があることから、今回の事件がこのような危険な流れをますます増幅させないで欲しいと望むばかりです

 北朝鮮は既に窮地に追い込まれており「核を持つことで辛うじて国の威信を維持している」状況と言えますから今回の暗殺が金正恩氏の指示であることが確実であれば「国家犯罪」と言うことになり世界から更なる制裁が課されることになり、世界の制裁の在り方によっては「暴発」せざるを得ない状態に追い込まれることになりかねません(世界はそこまでさせない知恵があるとは思いますがそれは危機の先延ばしにしか過ぎません)

 「主体思想」を持ちグローバルな軍産複合体からの支配を受けない国である北朝鮮は逆に言えばすばらしい在り方でまた地下資源豊富な国ですから世界が制裁だけに進めるのではなく経済的に貧しい国への支援や援助の方向で取り組み、その過程の中で金王朝と言われる体制を上手く変えるように仕向け、念願である民族統一に向かわせるように上手く進めることが出来るかどうかが本当の知恵であるように思います

 そして近い国である日本こそが「中国・韓国」とともに、今回の事件を切っ掛けに上手く北朝鮮をリードする方向で連携を深め「東アジアの平和」を増幅させることによって、懸案である「拉致問題」も解決の方向に進むのではと思います。
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2017年01月24日

イギリスのEU離脱やトランプ氏の出現で世界は大きく変わる!

 統合に向かっていたEUからイギリスが離脱をし、トランプ氏が大統領が就任し「アメリカ第一」を掲げ今までの新自由主義とグローバルの流れが逆の孤立主義、排他主義、保護主義の流れに大きく変わり始めようとしています。

その結果、保護主義は必然的に世界経済全体を縮小させるようになり「孤立主義」「排他主義は」必然的に「力を背景にした」世界をつくり「戦争」の危機が増すだろうと思います。

 さりとて現在の新自由主義とグローバルの流れは貧富の格差の増大固定化を招きテロ等を生み出しているのですからそれも「戦争」の危機を増していることになります。

 このように現在の新自由主義とグローバルの流れにしても逆に保護主義の流れにしてもどちらも明るい未来を描ける在り方ではなく「知と物の豊かさを良し」とした作り上げた資本主義と現在の文明が限界を迎えているようにしか思えません。
  
 日本においても「安倍政権」の施策の「アベノミクス」の成果は見られず先祖返りのような富国強兵思考で、しかも力を失ったアメリカに追従する国つくりを目指していますので終焉に向かう文明シナリオの流れの中での施策で新たな文明を思い描けるようなことを見せてくれていません。

 世界も日本の人々もこのような状況にあって当然に「このままではダメで変えないと!」との思いを持っていますが、残念ながら「理性無きポピリズム」に流されてトランプ現象を生み出すしかなく新たな未来を生み出すエネルギーにはなっていません。

 願わくば人々の「このままではダメで変えないと!」との思いが「理性豊かなポピリズム」となって新たな文明を創るシナリオの流れ生み出しエネルギーになることを期待するばかりです。

 おそらくイギリスのEU離脱や今回のトランプ現象は古い文明の終焉シナリオでの端境期に生ずる混乱と破壊を明らかにする出来事のようでこのような出来事を通して人々の意識を変革させ新たな文明のシナリオが生まれてくるのではないかと思います。

 「新たな文明」はおそらく「自然を破壊し知と物の豊かさを競った競争の時代」から新たな「自然と共生し愛と心の豊かさを創り合う共創の時代」へ人々の意識の止揚によって始まるように思います。

 イギリスのEU離脱や今回のトランプ現象はそのような意味で文明的な流れを変える始まりの象徴的な出来事のように思えてなりません 

 
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2016年12月20日

「利他村ダーチャの里つくり」では「無肥料・無農薬の自然栽培に特化します!

 お金の有る無しが幸せの最大の基準になっているように思えますが、やはり人の幸せはお金ではなくで「健康」で「安心」して過ごせることだと思っています。

 もちろん健康で文化的な生活を営むには贅沢をしないまでも最低限の収入が必要なことは言うまでもありません。

 しかし、その収入も「健康」で働けないと難しくなりますし、そもそも「健康」だからこそ行きたいところに行け人と会って楽しむことが出来るのですから幸せの第一はなんと言っても「健康」であることだと思います。

 そしてその「健康」の維持は「正しい食事」と「適度な運動」と「ストレスのない環境つくり」でそれは自分の心がけ次第ですから「自己責任」と言うことができます。

 ただ「正しい食事」については確かに「バランスの良い食事」や「腹八分目」そして「暴飲暴食を避ける」などは「自己責任」と言えますが「正しい食材」については「自己責任」と言う訳にはゆきません、

 スーパーなどで買う食材で「食品添加物」や「遺伝子組換え」そして「有機で無農薬栽培」など食品メーカーも厳密な表示をしていませんので見分けてるは難しく、特に海外からの輸入食品については「遺伝子組換え」の有無は見分けられません。

 また「有機栽培」が安心であるように言われていますが、有機肥料によって栽培された農野菜には虫がつきやすく穴だらけの野菜は売れないことから各種の農薬が使われています。

そして農地そのものも連作障害を抑えるために化学的な土壌改良剤が使われいますので、農家の人からも「無農薬で農作物をつくるのは農業を知らない人の戯言」と笑われるのが現状で「無肥料・無農薬」の自然栽培を近くでされると自分の田畑が虫の被害に遭うと非難されるとも聞いています。

 このように私たちが口にしている食材は「食品添加物」や「遺伝子組み換え」から逃ようがなく、特に加工過程での化学薬品などよくわからない加工食品となるともはや避けようがありません

 さらにたとえ無肥料・無農薬の自然栽培であっても「種子」そのものが薬品でコーティングされたF1種(一代限りの種子)がほとんどで固定種(自然に成る種子)を入手すること事態が難しいのが現状です。

 おそらく「アトピー」や昔なかった「難病」の多くは長年のそのような食材の摂取が原因だと思いますので「健康」を維持するための「正しい食材」は「自然農法」の食材を扱う食材販売業者を探すか自分で作るしかなく、また「自然農法」を目指している信頼できる仲間とのネットを作るしかありません。

 そのようなことに気づかされましたので「利他村ダーチャの里つくり」ではいろいろな壁がありますが「無肥料・無農薬の自然農法」に特化した「健康で持続可能な共同体」をめざし挑戦します。


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2016年11月30日

トランプ新大統領誕生に思う

 専門家やほとんどのメディアの予想が外れ、暴言に近い発言をしていた泡沫候補のトランプ氏が次期アメリカ大統領に選ばれ、世界は先のイギリスのEU離脱以上の衝撃を受け対応が解らないままに2017年を迎えようとしています。

 しかし明らかなことは10年ごとに朝鮮戦争・ベトナム戦争・イランイラクから湾岸戦争そしてアフガニスタン戦争と戦争経済によって支えてきたアメリカがそれらの戦争の実質的な敗北によって財政的に疲弊し「世界の警察」としての覇権国の力を失い、国内的には1%の富裕層が国内の40%の富を持ち10%の人が80%の富を持つと言った貧富の格差による不安定化した国内問題を抱え、今後は確実に国内指向の保護主義思考に向かわざるを得ないことが予想されます。

 それはトランプ氏の国内製造業保護のための「TPP離脱」や日本や韓国に対して「自分の国は自分で守れ」との発言、そして関係悪化にあったロシアや北朝鮮に対しての融和的な発言はまさにその現れだろうと思います。

 トランプ氏は経営実業家で倒産を4回して借金王とも呼ばれて成り上がったたぐいまれな不動産王で政治経験がないこともあって経営的損得思考でのアメリカ第一主義の保護主義政策を行うことは予測され、そのことによって軍産複合体主導により覇権国として世界をリードしてきた今までの在り方を変えられるようであれば大きな時代変化の兆しになるものの逆に投機的な経営要素のある不動産経営思考の延長線上で金融経済の流れに乗るようであれば進行しつつある世界全体の崩壊を助長させるだけだろうと思います。

 現在の世界は覇権国家であったアメリカが落ちぶれ混沌さを増し閉塞感にあることは否めなく、どの国も「何はともあれチェンジ」を求める声が漂っており、それが暴言トランプを生み出したと言えますし、また世界全体に右翼系のリーダーや暴言発言をする人物をリーダーに選ぶ傾向が出ており、覇権国なき下克上の時代にあってますます今後混沌さ増し危険が増すことは確かだろうと思います。

 言わずもがな現安倍政権が推し進めているのは、先祖返りの富国強兵による力による強権的な政治であるにもかかわらず高い支持率を得ているのはそのような時代背景にあるからだろうと思います。

 しかし個々が豊かさを求め自由に競い合うことによって豊かな物質社会を生む出した資本主義が実態のない金融の競い合いによる強欲資本主義に変貌し資本主義そのものが限界を迎えた現在「力による危機対応」は未来を創るのではなく崩壊の流れを助長するしかないように思います。

 まさに世界に衝撃を与えるようなトランプ氏の出現が過去の流れを変える兆しになるのか崩壊を助長させる兆しになるのか2017年の大統領就任以降の在り方を見ないと解らないと思っています。
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2016年10月27日

天皇の「生前退位」に思う

 天皇陛下自ら高齢になられ憲法で定められた国事の仕事を生前に皇太子に委譲したい旨のお言葉があり「生前退位」と言うことで議論がされています。

 しかし天皇の国政については平成天皇に限っての特別法で定めるとの話もありますがそもそも天皇の国政は憲法の「皇室典範」で定められており「特別法」で定めることは憲法違反になる筈で「皇室典範」そのものを改訂するのが正しいのではと思います。

戦前は「憲法を超えた存在」として現人神と位置づけ、憲法では国家元首として「統治権」と「統帥権」を持つ存在でしたので、先の戦争では当然にA級戦犯以上の戦争責任を負う立場にあったと言えます。

 にも関わらず戦勝国に「天皇責任」を放棄させたのは、長い日本の歴史の中で培われた国民の天皇に対する潜在的な思いの強さと、終戦時マッカーサーに「神を見た!」と言わしめた天皇の言動などもあり、法的に「戦争責任」を負わせることは難しく、天皇と一体となっている国民の思いを顧みて天皇をして混乱のない戦争終結を委ねることが最善の方法であるとの判断があったからだと思います。

 そして「人間宣言」をされ、「国民総意の象徴」として「皇室典範」に定められた範囲の国事のみの仕事と改められた現憲法下で70年が経過して、国民も「象徴天皇」については明確に理解をしているとは言いがたいものの国民の中に自然に定着していることから、高齢になられた天皇のお言葉をそのまま受け入れ、今後の天皇にも相応しい「皇室典範」へと改定するのが良いように思います。

 ただ「天皇」の在り方について少し危惧していことは安倍政権が目指す「憲法改正案」で、そこには天皇を「元首」と定めているばかりか、憲法第9条の改正を視野に既に「特別秘密保護法」や戦争の出来る国としての「安保法」そして「武器輸出可能な法律」を定めるなど「象徴天皇」の位置を「元首」に変えることによっての再び力を背景にした強い国つくりの意向がうかがえます。

 もちろん国民が戦前のごとく「天皇」を神格化するなどはないでしょうし、昭和天皇の戦後九年間にわたる全国への巡幸と国民への励ましの姿を知っていますし、平成天皇も全国はおろかアジアの戦地への慰霊の旅を続けられており、また自然災害の被災地に出かけての励まし訪問などの姿を見ており、一貫して発せられる「再び戦火にならない平和と国民の平穏への願い」のお言葉を国民が親しみと敬意を持って受け止めて決して「国家元首」などは望んでいないと思います。

 そして「象徴天皇」の言動は「平和の象徴として」世界の人々にも受け入れられており、先祖返りの「国家元首」への憲法改正は国民の思いからも世界の国からも受け入れがたいことで、ましてやこの度の天皇のお言葉に対して「生前退位」との言葉で憲法違反と言える「特別法」で決めてしまうことは国民総意とはかけ離れた議論だと思います。

 長い歴史の中で培われた天皇への国民の親しみと神聖な君民共生の思いをもって国民総意として受け入れている「象徴天皇」を変えることなく、高齢になられ発せられたお言葉を「さもありなん」と素直に忖度してこれかのの天皇にも自然に引き継がれるように「生前退位」ということではなく「皇室典範」で天皇の国事に関する仕事の在り方を改正することで良いのではと思います

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2016年09月27日

「現在は文明の大転換にあると意識して活動を進めます」

 村山節氏の「800年周期説(西洋が興隆する時代と東洋が興隆する時代が800年周期で入れ替わっている)」に興味を待っていましたが最近読んだ千賀一生氏の「ガイヤの法則」にも文明の中心地が1,611年周期で経度22.5度ずつ東周りと西回りに移動して、西周りはインダス=メソポタミア=ギリシャ=ローマ=ロンドンへと移動し、東周りはシュメール=インダス=ガンジス=唐へと移動し、それぞれの文明は1,611年の800年間は興隆期で800年間は衰退期になり、西周りの800年間の衰退期には東回りの800年間が興隆期になっている・・・・現在は西回りのロンドン(グリニッチ)が中心になった800年間の興隆期が終わり停滞期の800年間に入り、逆に今からの800年は唐(中国)から22.5度東周りの日本(東緯135度の明石・淡路ライン)が文明の興隆の中心になる・・・・・しかも今回は1,611年の4倍の6,444年の大きな周期の大転換期と重なり、それは既に1995年から始まっている・・・・・・・と文明の800年周期説が符合しています。

 現在が文明の転換期にあることはスピリチャル系の著書などで「マヤ暦が終わり新たな暦の時代に入った」とか「地球の波動が5次元にシフトアップした」とか「地球がフォトンベルト帯に入った」とか・・・・・また利他村の活動を支援して頂いている「太陽の会」の中丸薫氏の著書や講演でそのような話を聞いていましたので、「物と知に比重を置いて競争原理での発展を良しとした文明」が終焉しつつあると思っていますし、1972年にローマクラブが出した報告書「成長の限界」にも資本主義への警告がされており、資本主義が「グローバルな金融資本主義」にと変貌するに至って自浄作用能力を失い世界全体がコントロール不能になっているように思えることからも文明の転換期にあることは確かだと思っています。

 勿論、世界や日本の指導的リーダーも世界の混乱に対してコントロール不能であることを感じながらも、過去の流れの延長線上で「力による競争原理」を推し進めるしかなく「物と知の文明」の流れの枠内から抜け出せないで新たな文明への展望を示すことができないでいるように思われます。

 そのような文明の大転換期にあることを意識して、利他村は少なくとも過去の延長線上での流れから抜け出す方向で進みたいと思っていますし、転換期に必然的に生ずる自然環境の変動や経済環境の混乱への準備と新たな文明でのライフスタイルを模索しながらの準備はしたいと思っています。

 そして自然災害や経済的な混乱と破綻が激しくなりつつある中で少なくとも「健康で持続可能なライフスタイル」が保てる「共同体つくり」をしたい、そして食料の自給自足を視野に「休日は田舎で農園暮らし」をテーマに始めた活動に共鳴する仲間も集い始めています。

 このたび「自然農法による自給自足」を夢に利他村の共同体つくりに共鳴して若い女性が利他村に移住をはじめ、何か新たな始まりではないかと思っています。
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2016年08月23日

若い人たちで賑わい新たな展望が開けた夏の利他村でした

 今年も海外学生ボランティアの利他村でのワークキャンプを8月1日〜10日まで受け入れ、ロシア(リザさん)・ウクライナ(ディマ君)・イタリア(アレ君)と日本人リーダー岡本君が来村し、猛暑の炎天下の下で熱中症をも跳ねつけながらカントリーハウスのゲイトやテラスのペンキ塗りから草刈り、そして遊歩道周辺の森林整備の活動や目高の借り農地(耕作放棄地)の草刈りなどのハードなワークをしながら、仕事を終えての近くの温泉巡りや夏祭り参加と精力的に日本の田舎の生活と文化に触れ楽しい賑やかな国際交流の日々が続きました。

 そして、利他村にとってもっとも嬉しい出来事は、自然農法による自給自足をしたいと利他村の活動に共鳴して神奈川在住の24歳の女性が8月から利他村に移住をしたことです。

 彼女は以前にも紹介したシベリアの自然の中で原野を住まいに自給自足で過ごす聖女(アナスタシア)を描いて出版された(世界中で1,100万部)本の読者で、その日本の翻訳家が主宰する「お茶会」に参加し、その主宰者から利他村の共同体つくりを紹介され興味をもって6月終わりに利他村に訪れ、運転免許が何よりも大切な田舎暮らしのために7月に運転免許を取得して8月に利他村に移住を決めた利他村第一号の移住者です。
 
 しかしながら利他村で自給自足でアナスタシアのように自然を住まいにすることは難しく、最低限の収入を見つけないとと探したところ、幸運にも地元で一番人気の喫茶店が募集を始めるタイミングにぴったり合い務めることが出来、利他村での無農薬で腐葉土を集めての自然農業を開始しています。

 さらに、昨年「限界集落」をテーマ卒業論文にしたいと取材に来た関西大学の学生2人が就職も決まり社会人になったので表敬訪問にと突然来村し、今後機会をつくって来ますとのこと、この夏はまさに若い人が集い賑わう夏の利他村になりました。

 21世紀に入り十数年になり、地球自体の活動期も相まって世界的な天変地変と重なり、20世紀までの「知」と「物」に比重を置いて発展した文明も「競争による成長の限界」を迎えダッチロールしながら壊れつつある現在、新たな21世紀を創るのは「若い人たちのエネルギーと想像力」だと思っています。

 そして「個々の競争」ではなく健康で維持可能な「共創による共生」の新たな21世紀のライフスタイルのひな形を創りたいと思っている利他村にとって「若いエネルギー」が参加しにぎわう夏の利他村であったことは本当にうれしいことでした。
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2016年07月31日

「物の世界」と「心の世界」

私たちは「物の世界」と同時に「心の世界」を生きています

「物の世界」は空間と時間のある目に見える有限で相対的で自分を全体の中で客観的に判断して生きる世界です。

「心の世界」は空間と時間の制約がなく主観的に思い描くと心の中で即実現する唯我独尊の世界です。

 したがって「心の世界」は主観的で自由自在に思いが即実現する世界ですから本来「苦悩」など起こりようがないのです。

 ところが私たちが誰もが「苦悩」するのは「物の世界」に生きているからで、いくら自由自在に「心の世界」で思い描いても空間と時間の枠の中で社会や他の人との葛藤もあり即実現しませんし、もう一つは「物の世界」では「肉体」を維持しなければ生きてゆくことが出来ないことでで肉体の生存欲求も「物の世界」の制約の中では思いどうりにはならず生きる過程では誰もが「苦悩」するのです。

 このように「苦悩」は「心の世界」発ではなく「肉体を持って物の世界」を生きていることに「原因」があり「物の世界」では誰もが「苦悩の罠」から逃れようがありません。

 とは言うものの私たちは決して「苦悩」する為に生まれているのではなく「苦悩の罠」から逃れる方法がある筈で、幸いなことにその方法を教えてくれているお釈迦さんやキリストなどの預言者(神の言葉を預かる聖者)がいます。

 それらの聖者は「苦悩」は「肉体や物の世界」の中で解決しようとしても「ミラ取りがミイラになる」だけだ!・・・「苦悩」から逃れには「物の世界」に生ずる苦悩に心奪われて生きるのではなく、「心の世界」を出発にして心の法則を気づき「物と心のバランス」をとって「物の世界」で生きれば「苦悩の罠」から逃れることが出来ると教えています。

 残念ながら、現在の世界や日本はそのようになっているとは言えません「自由・平等・博愛」や「民主主義・基本的人権・平和」と言った「物と心のバランス」の願いがある一方で「物の世界」での「生存欲求」を原因とした「競い合い」の流れがますます激しくなり、今や国連も各国もその流れにブレーキがかけられない状況になっおり、日本でも海外に武器を持って戦うことが出来るようにするなど「ミイラ取りがミイラになる」ようなで状況を創りつつあります。

「心の世界」には本来「調和・愛」の波動ががあり、そこからは必然的に「分かち合い」「共生や平和」の思いが生まれます、その思いを出発にして「物の世界」で「肉体」を維持する生き方が「苦悩の罠」から逃れる方法で、そのような世界を創る為に私たちが生きているのが本来の目的のように思います。

 今の世界や日本の在り方からは「物と心のバランスのとれた物の世界」を作るのは難しいと思いますが、さりとて「苦悩ではなく夢のある世界」を創りたいと思っていますので、まずはそのような思いの人たちと一歩一歩利他村の共生の村つくり活動が出来ればなと思っています。
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2016年06月20日

やはり田舎は共生の場

 利他村では限界集落でほとんどが耕作放棄地になっている約一反半ほどの農地を借り都市部の田舎願望の人に呼びかけ「利他村ダーチャの里づくり」と称し「休日は田舎で農園暮らし」を呼びかけ毎月第一土曜日の農作業をしています。

 そして今年は初めて長年使っていなかった農地を耕し水を引き「米つくり」に挑戦しています。

 何せ農業の「の」も知らないで7年前に田舎に移住してすでに田んぼを作っている松田さんに教えてもらいながらの「米つくり」で田んぼつくりの「た」からの初体験、苗つくりから水引きなど戸惑いながら見様見真似で進めています。

 今月は初めての「田植え」でこれも苗を方眼条に真直ぐに均等に植えようとしても目線だけではむつかしく松田さん手つくりの線入れ用具に「なるほどこんな工夫がいるのだな!」と感心したり、長靴で田に入ると長靴を抜くのに一苦労で「裸足が一番」と覚えるなど土と共に自然の中でする作業の新鮮さに事務仕事や機械仕事では味わえない感覚を楽しく体験しています。

 そして何よりも「米つくり」をはじめとする農作業は効率や能率重視で個々が競い合う「競争の世界」の中での仕事ではなく、農作物もその年の気象条件に左右されるなどで皆で自然の水を分け合い作業は助け合いながら雑談をしならのまさに共に創る「共創の世界」の共生の場そのものだとつくづく感じています。

 「競い合い」によって成長をすることを良しとして成り立っている都市中心の資本主義経済が貧富の格差や自然破壊を増幅させ成長の限界を迎えバランスを失い統制不能になりつつある世界や日本にあって、今からは自然と共に格差の少ない助け合いと分かち合いの共生の時代をどのように創てゆくのかにかっかており、それはやはり「田舎」からしか蘇らないのではないかと思います。

 少子高齢化の時代は「成長」ではなく「調和」漂う「共生」の社会つくりだろうと思います。

 利他村ではこれからも「休日は田舎で農園暮らし」を啓蒙しながら「共創による共生の村つくり」の活動を進めてゆきます
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2016年05月29日

広島でのオバマ大統領のスピーチと今回のサミットに思う

 オバマ米大統領の広島訪問に対して被爆された人は勿論、非人道的な殺戮兵器である「原爆」を投下された被爆国として米国に対して「謝罪」を求める人も多かったと思いますが、その思いを越えて世界のリーダーであるアメリカ大統領の広島訪問を歓迎し「原爆」がもたらした苦悩の歴史と悲惨な事実を見せることによって「戦争のない世界」「核のない世界」への一条になればとの思いを優先させた日本人の精神性の高さは世界に誇るべきことだと思います。

 そして訪問されたオバマ大統領がアメリカ国内の「謝罪すべきでない」との世論を乗り越えて勇気を持って世界に向けての格調高く「戦争のない世界」と「核なき世界」への心のこもったメッセージを話されたことは感動的でまた歴史的な出来事であったと思います。

 しかし「核なき世界」を提唱し「ノーベル平和賞」を授与されたオバマ大統領であっても、核を抑止力として大量の核の保有を容認するアメリカやソ連は新たな核兵器技術の開発を進めており、また抑止力と言う大義で核保有国が増続けている現実があり、今回のオバマ大統領のメッセージによって世界が「戦争のない世界」や「核なき世界」に進む環境にはありません。

 しかし、この環境が続けば核技術の開発や小型化が進みやがては「テロ集団」が核をもつのは確実で、そこには「抑止力」は有名無実となって何かのきっかけで核の行使へと進むことも確実で、またリトアニア紛争でプーチン大統領が「核の使用を考えた」との発言も有り「抑止力神話」が核開発を推し進め核廃絶を妨げている原動力になっています。

 そのような観点いえば、今回のサミットはオバマ大統領の広島訪問という歴史的出来事が予定されたのですから被爆国日本の首相として7ヶ国のリーダーにも核廃絶を訴え広島訪問を示唆し、世界に類にない「戦争放棄」を憲法に持つ日本として「戦争のない世界」を訴えオバマ大統領の精神性の高いスピーチを少しでも具現化するような提案をしリードする絶好の機会にしてほしかったと思います。

 残念ながら今回のサミットでは安倍首相の「消費税再延長による参議員選挙対策」を視野に議長国という立場での「世界はリーマンショック前夜」だとの強引なリードしか伝わらず、現在世界を不安定にしている「貧富の格差」や民主主義そのものの信頼を失わせている「パナマ文章」によって暴露された多国籍企業や富裕層の「タックスヘイブン」を利用した税金逃れなどの緊急重要課題への7か国のリーダーの対応が伝わってこなかったことは物々しい警備をしてまで開催したサミットにしては拍子抜けであったと思います。
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2016年04月30日

「パナマ文章」などの機密情報の公開は新たな社会への始まりのような気がします

「租税回避地」を利用した「課税逃れ」が「パナマ文章」で一部公開され5月には日本の企業や個人の名前も公表されるようで貧富の格差が拡大固定化する世界にあって今後大きなうねりとなって世界を震撼させ続けると思います。

 秘密情報の暴露については既に元CIAのスノーデン氏による米政府の機密暴露やウィキリークスによる膨大な機密情報の公開などIT(高度情報化)社会にあっては国家情報や企業情報の「秘密を守る」こと自体ますます難しくなってゆくだろうと思います。

 そもそも国家でも企業でも個人でも秘密が無ければ互いに疑心暗鬼が起こることはなく「安心」と「信頼」が生まれるのですから「秘密を保護」するよりも「秘密を公開」することに焦点を当てるのが民主主義の社会だと言えます。

 とは言うものの私たちは時間のある世界に生きていますので一定の期間秘密にすることで安心安全が守られ不利益を被らないことから秘密を保護するのも仕方の無いことだと思います。

 しかし民主主義は「民が主権」をもつ社会ですから民が持っている個人的な情報を保護することは当然のことですが、国家権力が持っている秘密の保護はあくまで「民の同意」が必要で、国家が持つ機密情報は一定期間が過ぎれば必ず公開することで民主主義社会そのものが成り立つのだと思います。

 先に国家の秘密保護を前提に制定された「特定秘密保護法」も一定期間秘密を保護することで国民の生命財産を守ることを理由に作られましたが一定期間過ぎても公開されないようではそれは悪法と言えますし、また他国から攻められた時や未曾有の自然災害に遭遇した時には即対応が必要なことから「緊急事態法」の制定が予定されていますが、この法律は緊急時に「憲法」を越えてすべての権限を内閣総理大臣に委ねることになりかねないことから一つ間違えると独裁政治も可能にする法律と言えます。

 したがって秘密を守る「特定秘密保護法」や情報統制も可能とする「緊急事態法」の行使については「民の同意」と「民の監視」の制度を確立しておかないと民主主義の破壊にもなり、もっとも優れた民主主義憲法と言われたワイマール憲法下で生まれたヒットラーになりかねません

 今後は秘密を知られたくない多国籍企業や富裕権力機構は権力側に圧力をかけ「秘密保護」と「秘密を暴露する民への監視」を強めるだろうと思いますが、進化し続けるIT(高度情報化)社会にあっては権力機構が力でもって秘密を保護し続けるのは難しく、大多数の人々の機密公開要求は激しくなり、またそのような人々の怒りを背景にした過激なテロも激しくなるだろうと思います。

 このようにIT(高度情報化)社会にあっては方向は結局は「秘密のない世界」をどのように創るしかなく今回のような「パナマ文章」など機密情報の暴露は、競い合いを前提に成り立つ物質文明が限界を迎えて秘密のない新たな民主主義文明への端境期に生じる古いシステムの破壊過程の現象のような気がします
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2016年03月15日

4月からは「共同体つくり」に焦点を合わせて活動します

 春が待ち遠しく春からの活動入りを今か今かと心待ちにしています。

 4月からの今年度は「都市部との交流イベント」は続けるとして利他村が目的にしている「共同体つくり」の活動に力を入れて取り組もうと思っています。

 その「共同体つくり」ですが、田舎願望の人に参加してもらうことが何よりですが、何よりも大切なのは参加する仲間の意識が同じ方向を向いていることと思っています。

 利他村は理念として「自立と奉仕をモットーに、こころと物のバランスのとれた、愛ある共創共生の村つくり」を掲げています。

 ですから参加される仲間像は依存心の強い方や自己中心の思いの強い人ではなく主体性をもってそしてみんなのために役立つことをしたいと思える人であって欲しいと思っています。

 また、物も大切ですが心を大切にしたバランスのある共同体ですから、だからといって宗教的な世界に浸り込むのではなくて、宗教が描く理想的な在り方を現実の生活や仕事に具現化しようとする現実にしっかり足を置いた人であって欲しいと思っています。
 
 現在はグローバルな「競い合い」の世界で、勝者である多国籍企業が「産軍複合組織」を背景に世界を席巻しており各国の政府をも影響下の置くようになり、そのこともあって貧富の格差が拡大固定化して過激なテロ集団が生み出され、世界全体が先の見えない混沌とした状態に入っています。

 そのような世界情勢にあって日本の時の政権も司法・行政・立法・マスコミへの影響力を強め戦争放棄(第9条)の改訂を視野に憲法改正を旗に、武器の輸出や集団的自衛権の容認など富国強兵の国つくりを目指すようになっています。

 人や国が進歩発展を目指し競い合いによって豊かになることは正しいことです、しかし優勝劣敗の結果、貧しき人への所得の再配分が十分に行われなくなると当然に国内的にも国外的にも社会全体が不安定になり、ましてや為政者が強権をもって秩序を維持するようになったり他の国に国民の意識を向けさせるような傾向がでてくると危険で、それは紛争や戦争につながり道で、近代兵器を持ち合う時代にあっては一端「戦争」になるとそれこそ全体が崩壊するしかありません。

 「利他村の共同体つくり」はそれとはまったく逆で、今からの時代は競い合いよる豊かな国つくりではなく、分かち合いによるみんなで創る共生の国つくりで、難しい挑戦になりますが平和を目指し民が主体になる社会を描き、同じような意識の人々と共生・連帯・参加を念頭にしながらの地道に共同体を創りたいと思っています。

 ・・・と思いながら今年は自給自足を視野に「田圃つくり」から始まりです

 
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2016年01月10日

今年は大きな変化が生まれる年になれば!

 新年早々にイランとサウジアラビアの国交断絶そして世界の株価の大幅な下落、リビアやイエメンでのテロ、北朝鮮での水爆実験など今年は世界の混乱からはじまりました。

 そして、日本でも年初からの株価下落が続き、強権的に進めて来た安保法案や原発再稼働・TPPそして消費税UPなどに国民の批判もあり、安定多数の政権与党であるものの世界の厳しい情勢もあり不安定な年になるだろうと思います。

 そしてこのまま株価下落が続き7月の参議員選挙で野党の統一候補が出来れば、日本の流れは大きく変わるだろうと思います

 しかし、たとえ野党が勝利したとしても、世界情勢はますます激しさを増し、中国経済の低迷やアメリカの衰退による世界的不況が進み、日本においても貧富の格差が拡大固定化しトリクルダウン理論が破綻し、しかも人口減少による少子高齢化により成長力が低下し成熟経済に入った中で新たな経済の舵取りは正に至難の業で、それが出来ない政権であればまたもや国民の支持を失うばかりか日本の未来をも見失うだろうと思います。

 そして、このような大きな転換期に生ずる混迷と閉塞感漂う時代にあって何よりも危険なことは、アメリカでは荒唐無稽な発言をする大統領候補トランプ氏が支持され、日本でも強権的な安倍首相に高い支持があり、機敏で過激な発言をする大阪維新の橋下氏に期待が集まるが如く、人々の強いリーダー願望が知性なき感情となってヒトラーのようなファシズムを生み出し兼ねないことです。

 今年は、世界中に混迷と不況が漂い、人々の知性を薄れ、力による競い合いと対立が激しくなる中で、日本が世界の流れに流され「力による競う合いの道」を進むのか、それとも野党勢力が7月総選挙に勝利し「力によらない平和と共生の道」を切り開き国民に新たな未来を示すことが出来るかどうかの大きな別れ道の年のように思います。

 そもそも日本は国内では借金国であるものの対外的には世界一の債権国であり、先の戦争を忘れることなく「平和と民主主義」を願い発言され行動をされている万世一系の天皇を持つ「和と共生」の精神性を持つ国であるのです。

 そして、何よりも技術力を潜在的に持ち集団になって分かち育み合いながら豊かな物を創り出す共生の国であるのです。

 そのような世界にない豊かな人々の日本から新たな21世紀の在り方の芽が生まれる年に成ればと期待しています。
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2015年11月28日

アナスタシアの「共同の創造」による村つくり(祖国創り)を読む

ロシアのウラジミール・メグレ著で、既に世界に1,100万冊発行されている「アナスタシア」の本を紹介され興味をもって読んでいます。

 内容はシベリアのタイガで自然の中で家も持たず動物と共生しながら自然の野草や果実を食として妖精のように生きる女性「アナスタシア」の世界を描いたもので、ロシアでは既に10巻が発行され、日本では5巻目が発行されています。

 「アナスタシア」の生き方や思考は、科学万能の物の世界で生きている私たちには即座に受け入れがたいメルヘンの世界と言えますが、さりとて閉塞感と未来が見い出せなくなっている現代にあって、次に生まれる新たな世界を示唆するようで、長い歴史の中で培われた哲学や宗教の次元とは異なる宇宙や自然の真理が感じられ、何かウキウキした気持ちで楽しみながら読んでいます。

 その第4巻目の本の題目「共同の創造」で、その中に実現は難しいが新たな世界の人々の在り方が提案されており、それはロシアで日常的なライフスタイルのダーチャのより進化した在り方でもあり、また「週末田舎暮らし」を進めようとしている利他村にとっても明確な方向を示唆されているようで心をときめかしています。

 その提案は、国がそれぞれの家族に1ヘクタール(約3,000坪)を貸与し、それぞれの家族は与えられた土地に我が祖国を創る思いを持って、木々を植え、畑を創り、家を立て、自然との共生の中で自給自足と少しばかりの収入の道をつくり、それを子供から孫へと子々孫々に引き継いで、競い合うこともなく貧富の格差・差別もなく、それぞれの家族が時代を超えて「共同の創造」による村つくり(祖国創り)をする新たな人の生き方や国の在り方の提案なのです。

 それは正に利他村が目指す「新たな共創による共生による村つくり」でもあり、試行錯誤で彷徨しがちな利他村にとってそれは勇気の原理になっており、良い本に巡り会ったと感激しています。

 たしかに、テロとの戦いがあり、経済的な混迷があり、各国共に財政破綻に陥り、世界共通に「今だけ、金だけ、自分だけ」の価値観が漂う現実世界にあって、「アナスタシア」の提案する世界の実現は不可能に近い絵空事とも思えますが、そのような思いを持つ人たちがそれぞれの環境と立ち位置の中で行動することによって、やがては「101匹めの猿」のごとくある一定点を超えると一斉に世界の人々の意識変革が起こり得るのではと夢を膨らませています。

 そして、現実に利他村には2ヘクタール(約6.000坪)の土地があり、そこを「アナスタシア」の世界や「共同の創造」による新たなライフスタイルに共鳴する仲間が集えば、やがてはシフトアップした新たな世界が出来るのではとメルヘンぶっています。
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2015年10月29日

平和で幸せとは!

「衣食足りて礼節を知る」との諺がありますが人間の欲というものはどうもそうならないようでバブルの時はむしろ「衣食足りて飽食に溺れる」であったように思います、そしてバブルが弾け失われた20年の時代にあっては人々は再び衣食足りる豊かな暮らしを求めて経済優先の世界を求めるようになっています。

 確かに人々の幸せにとって経済が豊かになることは大切なことですが、それは幸せになるための手段であって目的ではない筈です。

 人の幸せにとって最低限の衣食住が必要不可欠なものですが、人は肉体と同時に心という精神的なものを持っていますので幾ら衣食住が満たされても心の豊かさが得られないと幸せだと言えないと思います。

 もし経済的な豊かさだけが幸せであるとすれば、低開発国の人は先進国のように経済的に恵まれないことからその国のすべての人々は幸せでないことになります、また経済が発達した今の時代の人々に比べれば比較にならない過去の例えば江戸の時代の人々やそれまでの時代の人々はすべて「幸せでなかった」ことになります。

 経済的に満たされなかった低開発国の人々や過去の時代の人々と先進国の仲間入りが出来た私たちとどちらが幸せかと言うと一概に私たちが幸せであるとは言えません

 と言うことは「衣食足りて礼節を知る」ではなく、むしろ礼節という心の豊かさがあって始めて「幸せである」と言えることで、そのような心の豊かさによって衣食住の豊かさを有り難いと思えるようになり、奪い合いではなく分かち合いの思いが生まれてくるのだと思います。

 今、日本は競争至上のグローバルな市場経済にあって軍事力と言う力を背景にした国つくりに舵をきり「食や資源」の確保をすることを「積極的平和主義」と言う言葉で専守防衛という枠を超えて海外に武器を持って出かけようとしていますがそれは国の在り方としても未来志向の「幸せな国つくり」ではなく「不幸な国へ」の時代逆行のように思います

 物や経済の豊かさは手段であって、心の豊かさのないところに幾ら「衣食住」が豊かになっても平穏で幸せな社会が生まれなかったように、人口増に比例しない食料生産の食糧不足の時代にあっては、単に国も力でもって「食や資源」を確保する方向ではなく、礼節と言う心を持って世界各国の人々が知恵を出し「食や資源」の増産のための技術の開発をし合い「奪い合いで」ではなく「分かち合い」の「心の豊かさ」を高め合う方向で人々には勿論国としての世界に呼びかけるのが「積極的平和主義」だと思います。
 
 「何を青臭い」と言われるかも知れませんが21世紀は「競争(競い合い)から共創(共に創る)」への転換によってしか未来が開かれないように思います。
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2015年09月09日

安保法制(戦争法案)は許せない

 今回の安保法案(戦争草案と言える)を何が何でも今国会中に通そうとする安倍政権のやり方には憤りすら感じます。

 国民に充分な説明をすると言いながら説明すればするほど世論の反対が増え国会前デモが激しくなると「国民の理解が無くても決めるときは決める」と圧倒的多数の議決で押し通すことは独裁政治のようで許されないことです。

 前の選挙で圧倒的な議席を得たことで議会制民主主義のルールからは法的に問題がないとしても、そもそも先の選挙のマニフェストでは「安保法案」や「憲法改正」は小さく書いているに過ぎず国民に正面から訴えることをしていないで圧倒的な多数を得るやいなや数の力で押し通すのは欺瞞とも言える行為だと思います。

 また自民党への得票数は選挙権のある国民の4分の一の票でしかなく、国の在り方を大きく変える安保法制を国民の理解が十分に行き届いていない段階で強権的に押し通すことは許されないことです。

 さらには今回の「安保法案」を国会に提出する前にアメリカに「夏までに法案を通すと約束する」などは論外で国会無視どころか国民無視の民主政治を逸脱する独裁政治としか言いようがありません。

 戦後70年間「平和憲法」の下に戦争をすることなく「専守防衛」の枠内で国民の理解の下に合憲としてきた自衛隊を「安保法案」によって海外で交戦可能して、また武器の輸出を認めるなど、憲法を改正することなく時の政権の解釈変更で強行に通そうとすることは立憲主義(憲法によって為政者の行為を戒める)からも許されないことです。

 現実的には大国になった中国からの脅威や北朝鮮の暴発による危機への対処があるとしても、それを口実に「集団的自衛権により抑止力としての軍事強化で平和を維持する」国の在り方を変えることは逆に中国や北朝鮮から見ればそれこそ日本が脅威者ともなり、結局は際限の無い「抑止力と言う名の軍事拡大競争」をもたらすだけでそれは決して「平和へ道」ではなく「戦争への道」でしかないのです。

 戦争をして喜ぶのは「戦争によって利益を得る軍産複合体組織」だけで、戦争当事国はどちらも戦勝国になることはなく平和と豊かさを失い、それぞれの国民にとっても生命・財産を失い幸福が奪われるしかならないのです。

 違憲と言われ国民の半数以上が反対する「集団的自衛権」を通すことによって、海外に派遣された自衛隊が戦死した時に又戦争によって敵国と見なされた日本へのテロによって攻撃を受け生命・財産を失う国民に対し安倍政権と法案を通した与党の議員はどのように責任を持つのでしょうか、戦争を知らない2世議員の多い与党は本当に覚悟して「安保法案」を通そうとしているのか疑問です。  
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2015年08月29日

国際交流の楽しい夏になりました

 利他村には夏に毎年10日間ほど海外学生ボランティアが来てくれ今年はロシア・フランス・チェコそして通訳の日本のリーダーを含めての男性1名女性3名の若者たちの参加です。

 毎年同じ光景ですが若者たちは初対面で自己紹介するやいなや直ぐに友達会話になり屈託のない交流が始まるのは何とも楽しくすがすがしい気持ちにさせてくれます。

 ホスト側の利他村では宿舎と食事を提供し若者たちはボランティアでの奉仕活動でになり利他村にとってはペンキ塗りや広い敷地の草刈りカントリーハウスの窓ふきや掃除そしてベットや布団の天日干しなど人数が揃わないとついつい億劫になる作業が片づき大助かりでおまけに若いエネルギーに満たされ夏になります。

 食事は若者に交代で自慢料理を作ってと依頼しますが、どの国の若者も母親に作って貰っているようで、テレビや映画で見る海外の家族の食事とは異なり質素な単品ものになりますが、それでも各国の日頃の料理を垣間味わうことが出来、お国の自慢料理などで話が弾みます。

 もちろんホスト側で日本料理を作りますが、海外の若者たちは特に「お寿司」「天ぷら」「お好み焼き」など大喜びで、またキャンプ中に応援に来てくれた料理教室の講師でもある利他村メンバーが持参してくれた料理には満喫そのもの、何と言っても楽しい食事は国が違えども心開けるもっとも良い交流のようです。

 ところで今回参加の男性の若者がフランスの大新聞ルモンド社の社長の御曹司と聞きビックリ仰天、しかし若者たちにとってそのような事には意に介さずに彼も炎天下の中で上半身裸になりボランティア作業をするなど、冗談を言いながら皆で助け合い互い国の習慣や在り方を語り合う交流キャンプは「平和」そのもので、このような姿をからは「戦争」など起こるのこと自体不思議なくらいに思えてきます。

 今回強行に成立させようと「集団安全保障で平和を維持する」や「武器をもって海外に出て平和を守る」ましてや「抑止力を高めて他の国から戦争を仕向けられないようにする」などはまったく絵空事のようでそのような発想など出ようがありません。
  
 ルモンド社の御曹司の若者が「機会があれば両親を利他村に連れてきたい!」と語り帰国してくれました。
両親に利他村での平和で楽しい国際交流の日々を語ってくれると思いますが、このような民間の活動の一つ一つが小さな小さなことですが世界の平和につくりにつながるのではとの思い利他村の夏の行事として今後も続けてゆきたいと思っています。

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2015年07月28日

「果物と野菜」中心の食事に挑戦しています

 「太陽の会」の中丸薫さんが「デトックス」に挑戦中で「50代からの超健康革命」の著書を紹介され、読むと「果物と野菜」のいわゆるベジタリアンの食生活ですが、体が要求する栄養素は充分にとれると書かれてあり、そのような生活をしていた古代の人々は120歳〜160歳の長寿であったとのこと、ダイエットをしなければと思いつつなかなか出来なかったこともあり、心機一転早速先週から実践中です。

 巷に氾濫する健康に関する食事やダイエットの著書などでは「牛乳」が良いとか悪いとかいろいろ迷う記事が多く、またスーパーでは「遺伝子組み換えはしていません」との表示も信用できないことが多く、何を買っても添加物が多く入っており、農作物は農薬付けで、加工品など添加物や農薬のない食品を探すのが至難のことになっています。

 おまけに企業倫理も低下傾向にあり、中国からの輸入食品はもちろん日本でも安全性より儲け優先の加工食品業者の摘発のニュースもあり、気づかずに誰もが体内に農薬や添加物による毒素をため込んでいるのは確かだろうと思っています。

 もはや「みんなで渡れば怖くない」では済まされない「食原病」の健康被害から自分を守るにはやはり自己責任で食事に注意するしかないだろうと思っています。

 そもそも利他村は「自給自足」の共同体作りを視野に活動をしているのですから「自分で作った無農薬の農作物を食べる」ことをテーマに「週末農園暮らし(利他村ダーチャの里)」をと啓蒙するにはぴったりだと思っています。

 とは言うものの著書には21日(3週間)の取り組みが紹介されていますが、凝り固まった取り組は精神的なストレスにもなりかねないし、当面は月に一週間から10日間程度の「果物と野菜の食事」を習慣化させるだけでも「デトックス効果」はあるだろうと思いますので、まずは「幸せと楽しいライフの元としての食習慣作り」と気楽な思いで挑戦しようと思っています。

 
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2015年06月11日

今回の「安保法制(戦争法案)」は時代逆行そのもの

 「戦争」の無い状態が「平和」ですから、今回の安倍政権が躍起になって通そうとしている「集団的自衛権」を容認する「安保法制」はまさしく戦争に備えての法案で「戦争法案」と呼ぶに相応しく、それを「レッテル貼り」と言う安倍首相もさることながら逆に「積極的平和主義」との言葉で「平和憲法」の改正を押し進める姿は、20世紀の民主主義憲法の先駆けと言われたワイマール憲法下でヒトラーが台頭した時代のような不気味さを感じてなりません。

 確かに時代背景は先の世界大戦の時とは中国の台頭など大きく変化しアメリカの覇権体制も壊れつつあり、新たなアルカイダやIS(テロを背景にした国家で無い集団)との非対称的な戦争など世界の軍事環境は大きな変化しており、それに備え国民の生命財産を守るために自衛の為の軍事力を備えるのは時の政権としても当然のことです。

 しかし平和憲法の下で容認してきた専守防衛の則を超えることは21世紀の日本の進む方向ではありません。

 また国際的に他国への戦闘行為を余儀なくされる時代に入ったとしても少なくとも「国連の決議」を前提にしたものでない限り、他国に自衛隊を派遣することは21世紀の日本の進むべき方向ではありません。

 そもそも21世紀の戦争は先の世界大戦の時とは全く異なり、無人爆撃機など武器技術や性能は飛躍的な進歩を遂げ、兵器も局地的に破壊するのでは無く核兵器から化学兵器・細菌兵器と一度使うと敵味方の区別無く地球全体に被害を及ぼし「戦争」も国家と国家の間のように勝敗が決まり終結することはなく、アフガンやイラクに見られる如く一度始まれば終結すること無く世界そのものを混沌とさせ続け終結の目処がつかないのです。

 したがって20世紀までの戦争を前提に「力による抑止力をもって平和を維持する」などはまったく絵空事で、抑止力と言う言葉で武器や兵器の開発は際限なく続き、戦争によって利益を得る産軍複合体組織が目論む周期的な戦争など、そのような中で「戦争法案」を推し進めことは正にミイラ取りがミイラになる如く何かを切っ掛けに生ずる戦争に巻き込まれすべてを失うことは冷静に考えれば解ることで、「積極的平和主義」や「力(武器)による平和の維持」はまさに「言葉のまやかし」で「平和」とはまったく逆の方向です。

 日本が真に進める平和の方向は「集団的自衛権により他国と共に武器を持ってではなく」「天皇陛下が先の大戦で日本の占領下にあったパラオ共和国のペリリュー島を訪問し、戦闘により無くなった日本兵と現地の人々ばかりでなく相手国の戦闘員すべての御霊の慰霊をされ平和を祈られた姿」を日本国民の創意として時の権力者がその為の政(まつりごと)を推し進め世界に示すことだと思います。

 日本の精神性は長い歴史を通じて「権威と権力を分離」をし「天皇を権威として権力を時の政権に委ね、天皇は民衆の平安を願い平和の祈り(祭りごと)に専念し、時の政権は天皇の祈りを忖度し民衆の平安と平和を実現する「君民共生の精神性の高い民主主義国家」の土壌の中で培われて来たと思います。

 明治以降の植民地政策を進める西洋列国と互するために富国強兵・殖産興業を旗印に天皇の権威を時の権力が利用し統帥権もつ天皇主権として歩んだ軍国主義の時代(戦前のレジーム)が敗戦により本来の姿に戻り「戦争放棄の平和憲法」の立憲主義の基に象徴天皇として平和と国民の平安の祭りごとと公務に専念され、国民が総意として思い描く権威の上で君民共生の精神性の高い民主主義国家として新たな平和な時代(戦後レジーム)を創り上げてきたのです。

 それは日本の誇りであり「戦後レジームからの脱却」とは全く逆の「新たな21世紀の世界の指針となり得る理念」そのもので、そのことこそが戦争の無い平和な世界を創り上げる日本の方向だと思います。

 「戦後レジームからの脱却」と叫び「積極的平和主義」と言う言葉のマジックで自衛隊に武器を持たせ集団的自衛権により海外に派遣することを可能にする「安保法制(戦争法案)」は全くの危険な時代錯誤で、今回の「安保法制」は明らかに憲法第9条(戦争放棄と武力不保持)とは全く相容れないもので国会参考人に呼ばれた憲法学者の全員が「憲法違反」と発言したのは納得できる見解だと思います。
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