2017年03月28日

今回の森友学園問題と忖度について思う

 森友学園問題が連日報道されて政府や行政の答弁に国民の不信感が広がっています。

 それは国の土地を安価で譲渡したことについてその経過の「議事録」を国は破棄したと答え、その小学校建設への認可についての経過も大阪府は「議事録」を作成していないとして言い逃れ答弁をしていることへの不信感です。

 安価な譲渡や認可の課程の記録でである「議事録」を公表すれば疑問が晴れることですからそれを破棄したとか作成していないとかとする国や官僚の答弁に疑いをもつのは至極当然のことです。

 そして安倍首相が「安価な土地への売買に関与をしていれば首相も国会議員も辞める」と発言していますが、児童に「教育勅語」を諳んじさせる右翼的な信条を推し進める「籠池理事長」の教育に共鳴する発言をしていたことを見ても安倍首相は森友学園に対して好意的な思いを持っていたことは明らかだろうと思います。

 その安倍首相は一強の与党のリーダーであり、官僚の殺生与奪の権利を持つようになったことから当然に官僚は安倍首相の思いを計るようになるのも至極当然で、直接の関与はしなかったと思われるものの官僚が安倍首相の思いを忖度して「安価な譲渡」や「認可」を進めたとしか思いようがありません

 あってはならない「議事録の破棄や議事録そのものを作成していない」との言い逃れ答弁はまさにそれを裏付けるもので、安倍首相が幾ら言葉巧みに「忖度がなかった」と言い逃れてもますます不信感が増幅されるも至極当然のことだろうと思います。

 確かに「籠池理事長」の人間性については疑わしいとは感じるものの、さりとて「偽証罪」にもなる証人喚問での証言すべてが「嘘で事実でない」と押し通す安倍首相はあまりにも不誠実な言動で不用意な辞任発言をしたのですから不本意でも「辞任」しか無いように思います。

 人の心を思い計る(忖度)は決して悪いことではなくむしろ良いことだと思いますが、殺生与奪の権力をもつ人への配下の人がする忖度が正しいとするのは誰の目から見てもさもありなんと思える場合であって。残っているのが当たり前の「議事録」を隠し通すのではなく公表するしかなく、それを「うやむや」にしたまま「忖度」など無かったとすること自体「悪い忖度」の見本としか言いようがありません。

 安倍首相にとって正しい忖度とは権力をもたない「象徴天皇」の「戦争のない平和な国つくり」の思いを忖度して国民に「戦争のない平和な国つくり」の在り方を示し「平和憲法」を持って世界に働きかけることが権力をもつ正しいシーダーの忖度の在り方で、「配下の人々の忖度」の有無を答弁することではないと思います。
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2017年02月28日

今回の北朝鮮の事件に思う

 報道によれば北朝鮮の金正男氏が弟に当たる北朝鮮の金正恩氏の指示によって暗殺されたニュースが連日報道され、以前から北朝鮮を「何をするかわからない国」との印象もあり今回のニュースによって人々はますます「危険な国」との印象を持つようになったと思います

 確かに経済的に貧しく一党独裁の軍事優先の北朝鮮について、また「拉致問題」の解決の見通しがつかないことへの苛立ちもあることから日本では北朝鮮の現体制を嫌悪する人が多いだろうと思います。

 しかし、そのような「北朝鮮への危機報道」や日本の現政権がしている「中国や北朝鮮」の脅威を基にして軍事力の増強をするようなことがますます危険を風潮を増幅させるように思います。

 近年世界的な経済の低迷と貧富の格差の固定化が進むことによって「何はともあれこの閉塞感を変えて欲しい」という風潮が世界的に漂っており、これが健全な民主主義的な改革のエネルギーになるのではなくて、暴言とも言える発言をするトランプ氏やフイルピンのドゥテルテ氏を大統領に選びヨーロッパでは右翼的なリーダーの支持が増え、また日本でも右翼的と言われている安倍首相が高い支持率を持ち続けるなど危険な風潮があるように思えます。

 このような風潮が戦争を誘導してきた歴史があることから、今回の事件がこのような危険な流れをますます増幅させないで欲しいと望むばかりです

 北朝鮮は既に窮地に追い込まれており「核を持つことで辛うじて国の威信を維持している」状況と言えますから今回の暗殺が金正恩氏の指示であることが確実であれば「国家犯罪」と言うことになり世界から更なる制裁が課されることになり、世界の制裁の在り方によっては「暴発」せざるを得ない状態に追い込まれることになりかねません(世界はそこまでさせない知恵があるとは思いますがそれは危機の先延ばしにしか過ぎません)

 「主体思想」を持ちグローバルな軍産複合体からの支配を受けない国である北朝鮮は逆に言えばすばらしい在り方でまた地下資源豊富な国ですから世界が制裁だけに進めるのではなく経済的に貧しい国への支援や援助の方向で取り組み、その過程の中で金王朝と言われる体制を上手く変えるように仕向け、念願である民族統一に向かわせるように上手く進めることが出来るかどうかが本当の知恵であるように思います

 そして近い国である日本こそが「中国・韓国」とともに、今回の事件を切っ掛けに上手く北朝鮮をリードする方向で連携を深め「東アジアの平和」を増幅させることによって、懸案である「拉致問題」も解決の方向に進むのではと思います。
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2017年01月24日

イギリスのEU離脱やトランプ氏の出現で世界は大きく変わる!

 統合に向かっていたEUからイギリスが離脱をし、トランプ氏が大統領が就任し「アメリカ第一」を掲げ今までの新自由主義とグローバルの流れが逆の孤立主義、排他主義、保護主義の流れに大きく変わり始めようとしています。

その結果、保護主義は必然的に世界経済全体を縮小させるようになり「孤立主義」「排他主義は」必然的に「力を背景にした」世界をつくり「戦争」の危機が増すだろうと思います。

 さりとて現在の新自由主義とグローバルの流れは貧富の格差の増大固定化を招きテロ等を生み出しているのですからそれも「戦争」の危機を増していることになります。

 このように現在の新自由主義とグローバルの流れにしても逆に保護主義の流れにしてもどちらも明るい未来を描ける在り方ではなく「知と物の豊かさを良し」とした作り上げた資本主義と現在の文明が限界を迎えているようにしか思えません。
  
 日本においても「安倍政権」の施策の「アベノミクス」の成果は見られず先祖返りのような富国強兵思考で、しかも力を失ったアメリカに追従する国つくりを目指していますので終焉に向かう文明シナリオの流れの中での施策で新たな文明を思い描けるようなことを見せてくれていません。

 世界も日本の人々もこのような状況にあって当然に「このままではダメで変えないと!」との思いを持っていますが、残念ながら「理性無きポピリズム」に流されてトランプ現象を生み出すしかなく新たな未来を生み出すエネルギーにはなっていません。

 願わくば人々の「このままではダメで変えないと!」との思いが「理性豊かなポピリズム」となって新たな文明を創るシナリオの流れ生み出しエネルギーになることを期待するばかりです。

 おそらくイギリスのEU離脱や今回のトランプ現象は古い文明の終焉シナリオでの端境期に生ずる混乱と破壊を明らかにする出来事のようでこのような出来事を通して人々の意識を変革させ新たな文明のシナリオが生まれてくるのではないかと思います。

 「新たな文明」はおそらく「自然を破壊し知と物の豊かさを競った競争の時代」から新たな「自然と共生し愛と心の豊かさを創り合う共創の時代」へ人々の意識の止揚によって始まるように思います。

 イギリスのEU離脱や今回のトランプ現象はそのような意味で文明的な流れを変える始まりの象徴的な出来事のように思えてなりません 

 
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2016年12月20日

「利他村ダーチャの里つくり」では「無肥料・無農薬の自然栽培に特化します!

 お金の有る無しが幸せの最大の基準になっているように思えますが、やはり人の幸せはお金ではなくで「健康」で「安心」して過ごせることだと思っています。

 もちろん健康で文化的な生活を営むには贅沢をしないまでも最低限の収入が必要なことは言うまでもありません。

 しかし、その収入も「健康」で働けないと難しくなりますし、そもそも「健康」だからこそ行きたいところに行け人と会って楽しむことが出来るのですから幸せの第一はなんと言っても「健康」であることだと思います。

 そしてその「健康」の維持は「正しい食事」と「適度な運動」と「ストレスのない環境つくり」でそれは自分の心がけ次第ですから「自己責任」と言うことができます。

 ただ「正しい食事」については確かに「バランスの良い食事」や「腹八分目」そして「暴飲暴食を避ける」などは「自己責任」と言えますが「正しい食材」については「自己責任」と言う訳にはゆきません、

 スーパーなどで買う食材で「食品添加物」や「遺伝子組換え」そして「有機で無農薬栽培」など食品メーカーも厳密な表示をしていませんので見分けてるは難しく、特に海外からの輸入食品については「遺伝子組換え」の有無は見分けられません。

 また「有機栽培」が安心であるように言われていますが、有機肥料によって栽培された農野菜には虫がつきやすく穴だらけの野菜は売れないことから各種の農薬が使われています。

そして農地そのものも連作障害を抑えるために化学的な土壌改良剤が使われいますので、農家の人からも「無農薬で農作物をつくるのは農業を知らない人の戯言」と笑われるのが現状で「無肥料・無農薬」の自然栽培を近くでされると自分の田畑が虫の被害に遭うと非難されるとも聞いています。

 このように私たちが口にしている食材は「食品添加物」や「遺伝子組み換え」から逃ようがなく、特に加工過程での化学薬品などよくわからない加工食品となるともはや避けようがありません

 さらにたとえ無肥料・無農薬の自然栽培であっても「種子」そのものが薬品でコーティングされたF1種(一代限りの種子)がほとんどで固定種(自然に成る種子)を入手すること事態が難しいのが現状です。

 おそらく「アトピー」や昔なかった「難病」の多くは長年のそのような食材の摂取が原因だと思いますので「健康」を維持するための「正しい食材」は「自然農法」の食材を扱う食材販売業者を探すか自分で作るしかなく、また「自然農法」を目指している信頼できる仲間とのネットを作るしかありません。

 そのようなことに気づかされましたので「利他村ダーチャの里つくり」ではいろいろな壁がありますが「無肥料・無農薬の自然農法」に特化した「健康で持続可能な共同体」をめざし挑戦します。


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2016年11月30日

トランプ新大統領誕生に思う

 専門家やほとんどのメディアの予想が外れ、暴言に近い発言をしていた泡沫候補のトランプ氏が次期アメリカ大統領に選ばれ、世界は先のイギリスのEU離脱以上の衝撃を受け対応が解らないままに2017年を迎えようとしています。

 しかし明らかなことは10年ごとに朝鮮戦争・ベトナム戦争・イランイラクから湾岸戦争そしてアフガニスタン戦争と戦争経済によって支えてきたアメリカがそれらの戦争の実質的な敗北によって財政的に疲弊し「世界の警察」としての覇権国の力を失い、国内的には1%の富裕層が国内の40%の富を持ち10%の人が80%の富を持つと言った貧富の格差による不安定化した国内問題を抱え、今後は確実に国内指向の保護主義思考に向かわざるを得ないことが予想されます。

 それはトランプ氏の国内製造業保護のための「TPP離脱」や日本や韓国に対して「自分の国は自分で守れ」との発言、そして関係悪化にあったロシアや北朝鮮に対しての融和的な発言はまさにその現れだろうと思います。

 トランプ氏は経営実業家で倒産を4回して借金王とも呼ばれて成り上がったたぐいまれな不動産王で政治経験がないこともあって経営的損得思考でのアメリカ第一主義の保護主義政策を行うことは予測され、そのことによって軍産複合体主導により覇権国として世界をリードしてきた今までの在り方を変えられるようであれば大きな時代変化の兆しになるものの逆に投機的な経営要素のある不動産経営思考の延長線上で金融経済の流れに乗るようであれば進行しつつある世界全体の崩壊を助長させるだけだろうと思います。

 現在の世界は覇権国家であったアメリカが落ちぶれ混沌さを増し閉塞感にあることは否めなく、どの国も「何はともあれチェンジ」を求める声が漂っており、それが暴言トランプを生み出したと言えますし、また世界全体に右翼系のリーダーや暴言発言をする人物をリーダーに選ぶ傾向が出ており、覇権国なき下克上の時代にあってますます今後混沌さ増し危険が増すことは確かだろうと思います。

 言わずもがな現安倍政権が推し進めているのは、先祖返りの富国強兵による力による強権的な政治であるにもかかわらず高い支持率を得ているのはそのような時代背景にあるからだろうと思います。

 しかし個々が豊かさを求め自由に競い合うことによって豊かな物質社会を生む出した資本主義が実態のない金融の競い合いによる強欲資本主義に変貌し資本主義そのものが限界を迎えた現在「力による危機対応」は未来を創るのではなく崩壊の流れを助長するしかないように思います。

 まさに世界に衝撃を与えるようなトランプ氏の出現が過去の流れを変える兆しになるのか崩壊を助長させる兆しになるのか2017年の大統領就任以降の在り方を見ないと解らないと思っています。
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2016年10月27日

天皇の「生前退位」に思う

 天皇陛下自ら高齢になられ憲法で定められた国事の仕事を生前に皇太子に委譲したい旨のお言葉があり「生前退位」と言うことで議論がされています。

 しかし天皇の国政については平成天皇に限っての特別法で定めるとの話もありますがそもそも天皇の国政は憲法の「皇室典範」で定められており「特別法」で定めることは憲法違反になる筈で「皇室典範」そのものを改訂するのが正しいのではと思います。

戦前は「憲法を超えた存在」として現人神と位置づけ、憲法では国家元首として「統治権」と「統帥権」を持つ存在でしたので、先の戦争では当然にA級戦犯以上の戦争責任を負う立場にあったと言えます。

 にも関わらず戦勝国に「天皇責任」を放棄させたのは、長い日本の歴史の中で培われた国民の天皇に対する潜在的な思いの強さと、終戦時マッカーサーに「神を見た!」と言わしめた天皇の言動などもあり、法的に「戦争責任」を負わせることは難しく、天皇と一体となっている国民の思いを顧みて天皇をして混乱のない戦争終結を委ねることが最善の方法であるとの判断があったからだと思います。

 そして「人間宣言」をされ、「国民総意の象徴」として「皇室典範」に定められた範囲の国事のみの仕事と改められた現憲法下で70年が経過して、国民も「象徴天皇」については明確に理解をしているとは言いがたいものの国民の中に自然に定着していることから、高齢になられた天皇のお言葉をそのまま受け入れ、今後の天皇にも相応しい「皇室典範」へと改定するのが良いように思います。

 ただ「天皇」の在り方について少し危惧していことは安倍政権が目指す「憲法改正案」で、そこには天皇を「元首」と定めているばかりか、憲法第9条の改正を視野に既に「特別秘密保護法」や戦争の出来る国としての「安保法」そして「武器輸出可能な法律」を定めるなど「象徴天皇」の位置を「元首」に変えることによっての再び力を背景にした強い国つくりの意向がうかがえます。

 もちろん国民が戦前のごとく「天皇」を神格化するなどはないでしょうし、昭和天皇の戦後九年間にわたる全国への巡幸と国民への励ましの姿を知っていますし、平成天皇も全国はおろかアジアの戦地への慰霊の旅を続けられており、また自然災害の被災地に出かけての励まし訪問などの姿を見ており、一貫して発せられる「再び戦火にならない平和と国民の平穏への願い」のお言葉を国民が親しみと敬意を持って受け止めて決して「国家元首」などは望んでいないと思います。

 そして「象徴天皇」の言動は「平和の象徴として」世界の人々にも受け入れられており、先祖返りの「国家元首」への憲法改正は国民の思いからも世界の国からも受け入れがたいことで、ましてやこの度の天皇のお言葉に対して「生前退位」との言葉で憲法違反と言える「特別法」で決めてしまうことは国民総意とはかけ離れた議論だと思います。

 長い歴史の中で培われた天皇への国民の親しみと神聖な君民共生の思いをもって国民総意として受け入れている「象徴天皇」を変えることなく、高齢になられ発せられたお言葉を「さもありなん」と素直に忖度してこれかのの天皇にも自然に引き継がれるように「生前退位」ということではなく「皇室典範」で天皇の国事に関する仕事の在り方を改正することで良いのではと思います

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2016年09月27日

「現在は文明の大転換にあると意識して活動を進めます」

 村山節氏の「800年周期説(西洋が興隆する時代と東洋が興隆する時代が800年周期で入れ替わっている)」に興味を待っていましたが最近読んだ千賀一生氏の「ガイヤの法則」にも文明の中心地が1,611年周期で経度22.5度ずつ東周りと西回りに移動して、西周りはインダス=メソポタミア=ギリシャ=ローマ=ロンドンへと移動し、東周りはシュメール=インダス=ガンジス=唐へと移動し、それぞれの文明は1,611年の800年間は興隆期で800年間は衰退期になり、西周りの800年間の衰退期には東回りの800年間が興隆期になっている・・・・現在は西回りのロンドン(グリニッチ)が中心になった800年間の興隆期が終わり停滞期の800年間に入り、逆に今からの800年は唐(中国)から22.5度東周りの日本(東緯135度の明石・淡路ライン)が文明の興隆の中心になる・・・・・しかも今回は1,611年の4倍の6,444年の大きな周期の大転換期と重なり、それは既に1995年から始まっている・・・・・・・と文明の800年周期説が符合しています。

 現在が文明の転換期にあることはスピリチャル系の著書などで「マヤ暦が終わり新たな暦の時代に入った」とか「地球の波動が5次元にシフトアップした」とか「地球がフォトンベルト帯に入った」とか・・・・・また利他村の活動を支援して頂いている「太陽の会」の中丸薫氏の著書や講演でそのような話を聞いていましたので、「物と知に比重を置いて競争原理での発展を良しとした文明」が終焉しつつあると思っていますし、1972年にローマクラブが出した報告書「成長の限界」にも資本主義への警告がされており、資本主義が「グローバルな金融資本主義」にと変貌するに至って自浄作用能力を失い世界全体がコントロール不能になっているように思えることからも文明の転換期にあることは確かだと思っています。

 勿論、世界や日本の指導的リーダーも世界の混乱に対してコントロール不能であることを感じながらも、過去の流れの延長線上で「力による競争原理」を推し進めるしかなく「物と知の文明」の流れの枠内から抜け出せないで新たな文明への展望を示すことができないでいるように思われます。

 そのような文明の大転換期にあることを意識して、利他村は少なくとも過去の延長線上での流れから抜け出す方向で進みたいと思っていますし、転換期に必然的に生ずる自然環境の変動や経済環境の混乱への準備と新たな文明でのライフスタイルを模索しながらの準備はしたいと思っています。

 そして自然災害や経済的な混乱と破綻が激しくなりつつある中で少なくとも「健康で持続可能なライフスタイル」が保てる「共同体つくり」をしたい、そして食料の自給自足を視野に「休日は田舎で農園暮らし」をテーマに始めた活動に共鳴する仲間も集い始めています。

 このたび「自然農法による自給自足」を夢に利他村の共同体つくりに共鳴して若い女性が利他村に移住をはじめ、何か新たな始まりではないかと思っています。
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2016年08月23日

若い人たちで賑わい新たな展望が開けた夏の利他村でした

 今年も海外学生ボランティアの利他村でのワークキャンプを8月1日〜10日まで受け入れ、ロシア(リザさん)・ウクライナ(ディマ君)・イタリア(アレ君)と日本人リーダー岡本君が来村し、猛暑の炎天下の下で熱中症をも跳ねつけながらカントリーハウスのゲイトやテラスのペンキ塗りから草刈り、そして遊歩道周辺の森林整備の活動や目高の借り農地(耕作放棄地)の草刈りなどのハードなワークをしながら、仕事を終えての近くの温泉巡りや夏祭り参加と精力的に日本の田舎の生活と文化に触れ楽しい賑やかな国際交流の日々が続きました。

 そして、利他村にとってもっとも嬉しい出来事は、自然農法による自給自足をしたいと利他村の活動に共鳴して神奈川在住の24歳の女性が8月から利他村に移住をしたことです。

 彼女は以前にも紹介したシベリアの自然の中で原野を住まいに自給自足で過ごす聖女(アナスタシア)を描いて出版された(世界中で1,100万部)本の読者で、その日本の翻訳家が主宰する「お茶会」に参加し、その主宰者から利他村の共同体つくりを紹介され興味をもって6月終わりに利他村に訪れ、運転免許が何よりも大切な田舎暮らしのために7月に運転免許を取得して8月に利他村に移住を決めた利他村第一号の移住者です。
 
 しかしながら利他村で自給自足でアナスタシアのように自然を住まいにすることは難しく、最低限の収入を見つけないとと探したところ、幸運にも地元で一番人気の喫茶店が募集を始めるタイミングにぴったり合い務めることが出来、利他村での無農薬で腐葉土を集めての自然農業を開始しています。

 さらに、昨年「限界集落」をテーマ卒業論文にしたいと取材に来た関西大学の学生2人が就職も決まり社会人になったので表敬訪問にと突然来村し、今後機会をつくって来ますとのこと、この夏はまさに若い人が集い賑わう夏の利他村になりました。

 21世紀に入り十数年になり、地球自体の活動期も相まって世界的な天変地変と重なり、20世紀までの「知」と「物」に比重を置いて発展した文明も「競争による成長の限界」を迎えダッチロールしながら壊れつつある現在、新たな21世紀を創るのは「若い人たちのエネルギーと想像力」だと思っています。

 そして「個々の競争」ではなく健康で維持可能な「共創による共生」の新たな21世紀のライフスタイルのひな形を創りたいと思っている利他村にとって「若いエネルギー」が参加しにぎわう夏の利他村であったことは本当にうれしいことでした。
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2016年07月31日

「物の世界」と「心の世界」

私たちは「物の世界」と同時に「心の世界」を生きています

「物の世界」は空間と時間のある目に見える有限で相対的で自分を全体の中で客観的に判断して生きる世界です。

「心の世界」は空間と時間の制約がなく主観的に思い描くと心の中で即実現する唯我独尊の世界です。

 したがって「心の世界」は主観的で自由自在に思いが即実現する世界ですから本来「苦悩」など起こりようがないのです。

 ところが私たちが誰もが「苦悩」するのは「物の世界」に生きているからで、いくら自由自在に「心の世界」で思い描いても空間と時間の枠の中で社会や他の人との葛藤もあり即実現しませんし、もう一つは「物の世界」では「肉体」を維持しなければ生きてゆくことが出来ないことでで肉体の生存欲求も「物の世界」の制約の中では思いどうりにはならず生きる過程では誰もが「苦悩」するのです。

 このように「苦悩」は「心の世界」発ではなく「肉体を持って物の世界」を生きていることに「原因」があり「物の世界」では誰もが「苦悩の罠」から逃れようがありません。

 とは言うものの私たちは決して「苦悩」する為に生まれているのではなく「苦悩の罠」から逃れる方法がある筈で、幸いなことにその方法を教えてくれているお釈迦さんやキリストなどの預言者(神の言葉を預かる聖者)がいます。

 それらの聖者は「苦悩」は「肉体や物の世界」の中で解決しようとしても「ミラ取りがミイラになる」だけだ!・・・「苦悩」から逃れには「物の世界」に生ずる苦悩に心奪われて生きるのではなく、「心の世界」を出発にして心の法則を気づき「物と心のバランス」をとって「物の世界」で生きれば「苦悩の罠」から逃れることが出来ると教えています。

 残念ながら、現在の世界や日本はそのようになっているとは言えません「自由・平等・博愛」や「民主主義・基本的人権・平和」と言った「物と心のバランス」の願いがある一方で「物の世界」での「生存欲求」を原因とした「競い合い」の流れがますます激しくなり、今や国連も各国もその流れにブレーキがかけられない状況になっおり、日本でも海外に武器を持って戦うことが出来るようにするなど「ミイラ取りがミイラになる」ようなで状況を創りつつあります。

「心の世界」には本来「調和・愛」の波動ががあり、そこからは必然的に「分かち合い」「共生や平和」の思いが生まれます、その思いを出発にして「物の世界」で「肉体」を維持する生き方が「苦悩の罠」から逃れる方法で、そのような世界を創る為に私たちが生きているのが本来の目的のように思います。

 今の世界や日本の在り方からは「物と心のバランスのとれた物の世界」を作るのは難しいと思いますが、さりとて「苦悩ではなく夢のある世界」を創りたいと思っていますので、まずはそのような思いの人たちと一歩一歩利他村の共生の村つくり活動が出来ればなと思っています。
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2016年06月20日

やはり田舎は共生の場

 利他村では限界集落でほとんどが耕作放棄地になっている約一反半ほどの農地を借り都市部の田舎願望の人に呼びかけ「利他村ダーチャの里づくり」と称し「休日は田舎で農園暮らし」を呼びかけ毎月第一土曜日の農作業をしています。

 そして今年は初めて長年使っていなかった農地を耕し水を引き「米つくり」に挑戦しています。

 何せ農業の「の」も知らないで7年前に田舎に移住してすでに田んぼを作っている松田さんに教えてもらいながらの「米つくり」で田んぼつくりの「た」からの初体験、苗つくりから水引きなど戸惑いながら見様見真似で進めています。

 今月は初めての「田植え」でこれも苗を方眼条に真直ぐに均等に植えようとしても目線だけではむつかしく松田さん手つくりの線入れ用具に「なるほどこんな工夫がいるのだな!」と感心したり、長靴で田に入ると長靴を抜くのに一苦労で「裸足が一番」と覚えるなど土と共に自然の中でする作業の新鮮さに事務仕事や機械仕事では味わえない感覚を楽しく体験しています。

 そして何よりも「米つくり」をはじめとする農作業は効率や能率重視で個々が競い合う「競争の世界」の中での仕事ではなく、農作物もその年の気象条件に左右されるなどで皆で自然の水を分け合い作業は助け合いながら雑談をしならのまさに共に創る「共創の世界」の共生の場そのものだとつくづく感じています。

 「競い合い」によって成長をすることを良しとして成り立っている都市中心の資本主義経済が貧富の格差や自然破壊を増幅させ成長の限界を迎えバランスを失い統制不能になりつつある世界や日本にあって、今からは自然と共に格差の少ない助け合いと分かち合いの共生の時代をどのように創てゆくのかにかっかており、それはやはり「田舎」からしか蘇らないのではないかと思います。

 少子高齢化の時代は「成長」ではなく「調和」漂う「共生」の社会つくりだろうと思います。

 利他村ではこれからも「休日は田舎で農園暮らし」を啓蒙しながら「共創による共生の村つくり」の活動を進めてゆきます
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