2016年12月20日

「利他村ダーチャの里つくり」では「無肥料・無農薬の自然栽培に特化します!

 お金の有る無しが幸せの最大の基準になっているように思えますが、やはり人の幸せはお金ではなくで「健康」で「安心」して過ごせることだと思っています。

 もちろん健康で文化的な生活を営むには贅沢をしないまでも最低限の収入が必要なことは言うまでもありません。

 しかし、その収入も「健康」で働けないと難しくなりますし、そもそも「健康」だからこそ行きたいところに行け人と会って楽しむことが出来るのですから幸せの第一はなんと言っても「健康」であることだと思います。

 そしてその「健康」の維持は「正しい食事」と「適度な運動」と「ストレスのない環境つくり」でそれは自分の心がけ次第ですから「自己責任」と言うことができます。

 ただ「正しい食事」については確かに「バランスの良い食事」や「腹八分目」そして「暴飲暴食を避ける」などは「自己責任」と言えますが「正しい食材」については「自己責任」と言う訳にはゆきません、

 スーパーなどで買う食材で「食品添加物」や「遺伝子組換え」そして「有機で無農薬栽培」など食品メーカーも厳密な表示をしていませんので見分けてるは難しく、特に海外からの輸入食品については「遺伝子組換え」の有無は見分けられません。

 また「有機栽培」が安心であるように言われていますが、有機肥料によって栽培された農野菜には虫がつきやすく穴だらけの野菜は売れないことから各種の農薬が使われています。

そして農地そのものも連作障害を抑えるために化学的な土壌改良剤が使われいますので、農家の人からも「無農薬で農作物をつくるのは農業を知らない人の戯言」と笑われるのが現状で「無肥料・無農薬」の自然栽培を近くでされると自分の田畑が虫の被害に遭うと非難されるとも聞いています。

 このように私たちが口にしている食材は「食品添加物」や「遺伝子組み換え」から逃ようがなく、特に加工過程での化学薬品などよくわからない加工食品となるともはや避けようがありません

 さらにたとえ無肥料・無農薬の自然栽培であっても「種子」そのものが薬品でコーティングされたF1種(一代限りの種子)がほとんどで固定種(自然に成る種子)を入手すること事態が難しいのが現状です。

 おそらく「アトピー」や昔なかった「難病」の多くは長年のそのような食材の摂取が原因だと思いますので「健康」を維持するための「正しい食材」は「自然農法」の食材を扱う食材販売業者を探すか自分で作るしかなく、また「自然農法」を目指している信頼できる仲間とのネットを作るしかありません。

 そのようなことに気づかされましたので「利他村ダーチャの里つくり」ではいろいろな壁がありますが「無肥料・無農薬の自然農法」に特化した「健康で持続可能な共同体」をめざし挑戦します。


posted by コ−エン at 14:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年11月30日

トランプ新大統領誕生に思う

 専門家やほとんどのメディアの予想が外れ、暴言に近い発言をしていた泡沫候補のトランプ氏が次期アメリカ大統領に選ばれ、世界は先のイギリスのEU離脱以上の衝撃を受け対応が解らないままに2017年を迎えようとしています。

 しかし明らかなことは10年ごとに朝鮮戦争・ベトナム戦争・イランイラクから湾岸戦争そしてアフガニスタン戦争と戦争経済によって支えてきたアメリカがそれらの戦争の実質的な敗北によって財政的に疲弊し「世界の警察」としての覇権国の力を失い、国内的には1%の富裕層が国内の40%の富を持ち10%の人が80%の富を持つと言った貧富の格差による不安定化した国内問題を抱え、今後は確実に国内指向の保護主義思考に向かわざるを得ないことが予想されます。

 それはトランプ氏の国内製造業保護のための「TPP離脱」や日本や韓国に対して「自分の国は自分で守れ」との発言、そして関係悪化にあったロシアや北朝鮮に対しての融和的な発言はまさにその現れだろうと思います。

 トランプ氏は経営実業家で倒産を4回して借金王とも呼ばれて成り上がったたぐいまれな不動産王で政治経験がないこともあって経営的損得思考でのアメリカ第一主義の保護主義政策を行うことは予測され、そのことによって軍産複合体主導により覇権国として世界をリードしてきた今までの在り方を変えられるようであれば大きな時代変化の兆しになるものの逆に投機的な経営要素のある不動産経営思考の延長線上で金融経済の流れに乗るようであれば進行しつつある世界全体の崩壊を助長させるだけだろうと思います。

 現在の世界は覇権国家であったアメリカが落ちぶれ混沌さを増し閉塞感にあることは否めなく、どの国も「何はともあれチェンジ」を求める声が漂っており、それが暴言トランプを生み出したと言えますし、また世界全体に右翼系のリーダーや暴言発言をする人物をリーダーに選ぶ傾向が出ており、覇権国なき下克上の時代にあってますます今後混沌さ増し危険が増すことは確かだろうと思います。

 言わずもがな現安倍政権が推し進めているのは、先祖返りの富国強兵による力による強権的な政治であるにもかかわらず高い支持率を得ているのはそのような時代背景にあるからだろうと思います。

 しかし個々が豊かさを求め自由に競い合うことによって豊かな物質社会を生む出した資本主義が実態のない金融の競い合いによる強欲資本主義に変貌し資本主義そのものが限界を迎えた現在「力による危機対応」は未来を創るのではなく崩壊の流れを助長するしかないように思います。

 まさに世界に衝撃を与えるようなトランプ氏の出現が過去の流れを変える兆しになるのか崩壊を助長させる兆しになるのか2017年の大統領就任以降の在り方を見ないと解らないと思っています。
posted by コ−エン at 12:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年10月27日

天皇の「生前退位」に思う

 天皇陛下自ら高齢になられ憲法で定められた国事の仕事を生前に皇太子に委譲したい旨のお言葉があり「生前退位」と言うことで議論がされています。

 しかし天皇の国政については平成天皇に限っての特別法で定めるとの話もありますがそもそも天皇の国政は憲法の「皇室典範」で定められており「特別法」で定めることは憲法違反になる筈で「皇室典範」そのものを改訂するのが正しいのではと思います。

戦前は「憲法を超えた存在」として現人神と位置づけ、憲法では国家元首として「統治権」と「統帥権」を持つ存在でしたので、先の戦争では当然にA級戦犯以上の戦争責任を負う立場にあったと言えます。

 にも関わらず戦勝国に「天皇責任」を放棄させたのは、長い日本の歴史の中で培われた国民の天皇に対する潜在的な思いの強さと、終戦時マッカーサーに「神を見た!」と言わしめた天皇の言動などもあり、法的に「戦争責任」を負わせることは難しく、天皇と一体となっている国民の思いを顧みて天皇をして混乱のない戦争終結を委ねることが最善の方法であるとの判断があったからだと思います。

 そして「人間宣言」をされ、「国民総意の象徴」として「皇室典範」に定められた範囲の国事のみの仕事と改められた現憲法下で70年が経過して、国民も「象徴天皇」については明確に理解をしているとは言いがたいものの国民の中に自然に定着していることから、高齢になられた天皇のお言葉をそのまま受け入れ、今後の天皇にも相応しい「皇室典範」へと改定するのが良いように思います。

 ただ「天皇」の在り方について少し危惧していことは安倍政権が目指す「憲法改正案」で、そこには天皇を「元首」と定めているばかりか、憲法第9条の改正を視野に既に「特別秘密保護法」や戦争の出来る国としての「安保法」そして「武器輸出可能な法律」を定めるなど「象徴天皇」の位置を「元首」に変えることによっての再び力を背景にした強い国つくりの意向がうかがえます。

 もちろん国民が戦前のごとく「天皇」を神格化するなどはないでしょうし、昭和天皇の戦後九年間にわたる全国への巡幸と国民への励ましの姿を知っていますし、平成天皇も全国はおろかアジアの戦地への慰霊の旅を続けられており、また自然災害の被災地に出かけての励まし訪問などの姿を見ており、一貫して発せられる「再び戦火にならない平和と国民の平穏への願い」のお言葉を国民が親しみと敬意を持って受け止めて決して「国家元首」などは望んでいないと思います。

 そして「象徴天皇」の言動は「平和の象徴として」世界の人々にも受け入れられており、先祖返りの「国家元首」への憲法改正は国民の思いからも世界の国からも受け入れがたいことで、ましてやこの度の天皇のお言葉に対して「生前退位」との言葉で憲法違反と言える「特別法」で決めてしまうことは国民総意とはかけ離れた議論だと思います。

 長い歴史の中で培われた天皇への国民の親しみと神聖な君民共生の思いをもって国民総意として受け入れている「象徴天皇」を変えることなく、高齢になられ発せられたお言葉を「さもありなん」と素直に忖度してこれかのの天皇にも自然に引き継がれるように「生前退位」ということではなく「皇室典範」で天皇の国事に関する仕事の在り方を改正することで良いのではと思います

posted by コ−エン at 16:48| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記

2016年09月27日

「現在は文明の大転換にあると意識して活動を進めます」

 村山節氏の「800年周期説(西洋が興隆する時代と東洋が興隆する時代が800年周期で入れ替わっている)」に興味を待っていましたが最近読んだ千賀一生氏の「ガイヤの法則」にも文明の中心地が1,611年周期で経度22.5度ずつ東周りと西回りに移動して、西周りはインダス=メソポタミア=ギリシャ=ローマ=ロンドンへと移動し、東周りはシュメール=インダス=ガンジス=唐へと移動し、それぞれの文明は1,611年の800年間は興隆期で800年間は衰退期になり、西周りの800年間の衰退期には東回りの800年間が興隆期になっている・・・・現在は西回りのロンドン(グリニッチ)が中心になった800年間の興隆期が終わり停滞期の800年間に入り、逆に今からの800年は唐(中国)から22.5度東周りの日本(東緯135度の明石・淡路ライン)が文明の興隆の中心になる・・・・・しかも今回は1,611年の4倍の6,444年の大きな周期の大転換期と重なり、それは既に1995年から始まっている・・・・・・・と文明の800年周期説が符合しています。

 現在が文明の転換期にあることはスピリチャル系の著書などで「マヤ暦が終わり新たな暦の時代に入った」とか「地球の波動が5次元にシフトアップした」とか「地球がフォトンベルト帯に入った」とか・・・・・また利他村の活動を支援して頂いている「太陽の会」の中丸薫氏の著書や講演でそのような話を聞いていましたので、「物と知に比重を置いて競争原理での発展を良しとした文明」が終焉しつつあると思っていますし、1972年にローマクラブが出した報告書「成長の限界」にも資本主義への警告がされており、資本主義が「グローバルな金融資本主義」にと変貌するに至って自浄作用能力を失い世界全体がコントロール不能になっているように思えることからも文明の転換期にあることは確かだと思っています。

 勿論、世界や日本の指導的リーダーも世界の混乱に対してコントロール不能であることを感じながらも、過去の流れの延長線上で「力による競争原理」を推し進めるしかなく「物と知の文明」の流れの枠内から抜け出せないで新たな文明への展望を示すことができないでいるように思われます。

 そのような文明の大転換期にあることを意識して、利他村は少なくとも過去の延長線上での流れから抜け出す方向で進みたいと思っていますし、転換期に必然的に生ずる自然環境の変動や経済環境の混乱への準備と新たな文明でのライフスタイルを模索しながらの準備はしたいと思っています。

 そして自然災害や経済的な混乱と破綻が激しくなりつつある中で少なくとも「健康で持続可能なライフスタイル」が保てる「共同体つくり」をしたい、そして食料の自給自足を視野に「休日は田舎で農園暮らし」をテーマに始めた活動に共鳴する仲間も集い始めています。

 このたび「自然農法による自給自足」を夢に利他村の共同体つくりに共鳴して若い女性が利他村に移住をはじめ、何か新たな始まりではないかと思っています。
posted by コ−エン at 19:57| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記

2016年08月23日

若い人たちで賑わい新たな展望が開けた夏の利他村でした

 今年も海外学生ボランティアの利他村でのワークキャンプを8月1日〜10日まで受け入れ、ロシア(リザさん)・ウクライナ(ディマ君)・イタリア(アレ君)と日本人リーダー岡本君が来村し、猛暑の炎天下の下で熱中症をも跳ねつけながらカントリーハウスのゲイトやテラスのペンキ塗りから草刈り、そして遊歩道周辺の森林整備の活動や目高の借り農地(耕作放棄地)の草刈りなどのハードなワークをしながら、仕事を終えての近くの温泉巡りや夏祭り参加と精力的に日本の田舎の生活と文化に触れ楽しい賑やかな国際交流の日々が続きました。

 そして、利他村にとってもっとも嬉しい出来事は、自然農法による自給自足をしたいと利他村の活動に共鳴して神奈川在住の24歳の女性が8月から利他村に移住をしたことです。

 彼女は以前にも紹介したシベリアの自然の中で原野を住まいに自給自足で過ごす聖女(アナスタシア)を描いて出版された(世界中で1,100万部)本の読者で、その日本の翻訳家が主宰する「お茶会」に参加し、その主宰者から利他村の共同体つくりを紹介され興味をもって6月終わりに利他村に訪れ、運転免許が何よりも大切な田舎暮らしのために7月に運転免許を取得して8月に利他村に移住を決めた利他村第一号の移住者です。
 
 しかしながら利他村で自給自足でアナスタシアのように自然を住まいにすることは難しく、最低限の収入を見つけないとと探したところ、幸運にも地元で一番人気の喫茶店が募集を始めるタイミングにぴったり合い務めることが出来、利他村での無農薬で腐葉土を集めての自然農業を開始しています。

 さらに、昨年「限界集落」をテーマ卒業論文にしたいと取材に来た関西大学の学生2人が就職も決まり社会人になったので表敬訪問にと突然来村し、今後機会をつくって来ますとのこと、この夏はまさに若い人が集い賑わう夏の利他村になりました。

 21世紀に入り十数年になり、地球自体の活動期も相まって世界的な天変地変と重なり、20世紀までの「知」と「物」に比重を置いて発展した文明も「競争による成長の限界」を迎えダッチロールしながら壊れつつある現在、新たな21世紀を創るのは「若い人たちのエネルギーと想像力」だと思っています。

 そして「個々の競争」ではなく健康で維持可能な「共創による共生」の新たな21世紀のライフスタイルのひな形を創りたいと思っている利他村にとって「若いエネルギー」が参加しにぎわう夏の利他村であったことは本当にうれしいことでした。
posted by コ−エン at 11:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年07月31日

「物の世界」と「心の世界」

私たちは「物の世界」と同時に「心の世界」を生きています

「物の世界」は空間と時間のある目に見える有限で相対的で自分を全体の中で客観的に判断して生きる世界です。

「心の世界」は空間と時間の制約がなく主観的に思い描くと心の中で即実現する唯我独尊の世界です。

 したがって「心の世界」は主観的で自由自在に思いが即実現する世界ですから本来「苦悩」など起こりようがないのです。

 ところが私たちが誰もが「苦悩」するのは「物の世界」に生きているからで、いくら自由自在に「心の世界」で思い描いても空間と時間の枠の中で社会や他の人との葛藤もあり即実現しませんし、もう一つは「物の世界」では「肉体」を維持しなければ生きてゆくことが出来ないことでで肉体の生存欲求も「物の世界」の制約の中では思いどうりにはならず生きる過程では誰もが「苦悩」するのです。

 このように「苦悩」は「心の世界」発ではなく「肉体を持って物の世界」を生きていることに「原因」があり「物の世界」では誰もが「苦悩の罠」から逃れようがありません。

 とは言うものの私たちは決して「苦悩」する為に生まれているのではなく「苦悩の罠」から逃れる方法がある筈で、幸いなことにその方法を教えてくれているお釈迦さんやキリストなどの預言者(神の言葉を預かる聖者)がいます。

 それらの聖者は「苦悩」は「肉体や物の世界」の中で解決しようとしても「ミラ取りがミイラになる」だけだ!・・・「苦悩」から逃れには「物の世界」に生ずる苦悩に心奪われて生きるのではなく、「心の世界」を出発にして心の法則を気づき「物と心のバランス」をとって「物の世界」で生きれば「苦悩の罠」から逃れることが出来ると教えています。

 残念ながら、現在の世界や日本はそのようになっているとは言えません「自由・平等・博愛」や「民主主義・基本的人権・平和」と言った「物と心のバランス」の願いがある一方で「物の世界」での「生存欲求」を原因とした「競い合い」の流れがますます激しくなり、今や国連も各国もその流れにブレーキがかけられない状況になっおり、日本でも海外に武器を持って戦うことが出来るようにするなど「ミイラ取りがミイラになる」ようなで状況を創りつつあります。

「心の世界」には本来「調和・愛」の波動ががあり、そこからは必然的に「分かち合い」「共生や平和」の思いが生まれます、その思いを出発にして「物の世界」で「肉体」を維持する生き方が「苦悩の罠」から逃れる方法で、そのような世界を創る為に私たちが生きているのが本来の目的のように思います。

 今の世界や日本の在り方からは「物と心のバランスのとれた物の世界」を作るのは難しいと思いますが、さりとて「苦悩ではなく夢のある世界」を創りたいと思っていますので、まずはそのような思いの人たちと一歩一歩利他村の共生の村つくり活動が出来ればなと思っています。
posted by コ−エン at 17:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年06月20日

やはり田舎は共生の場

 利他村では限界集落でほとんどが耕作放棄地になっている約一反半ほどの農地を借り都市部の田舎願望の人に呼びかけ「利他村ダーチャの里づくり」と称し「休日は田舎で農園暮らし」を呼びかけ毎月第一土曜日の農作業をしています。

 そして今年は初めて長年使っていなかった農地を耕し水を引き「米つくり」に挑戦しています。

 何せ農業の「の」も知らないで7年前に田舎に移住してすでに田んぼを作っている松田さんに教えてもらいながらの「米つくり」で田んぼつくりの「た」からの初体験、苗つくりから水引きなど戸惑いながら見様見真似で進めています。

 今月は初めての「田植え」でこれも苗を方眼条に真直ぐに均等に植えようとしても目線だけではむつかしく松田さん手つくりの線入れ用具に「なるほどこんな工夫がいるのだな!」と感心したり、長靴で田に入ると長靴を抜くのに一苦労で「裸足が一番」と覚えるなど土と共に自然の中でする作業の新鮮さに事務仕事や機械仕事では味わえない感覚を楽しく体験しています。

 そして何よりも「米つくり」をはじめとする農作業は効率や能率重視で個々が競い合う「競争の世界」の中での仕事ではなく、農作物もその年の気象条件に左右されるなどで皆で自然の水を分け合い作業は助け合いながら雑談をしならのまさに共に創る「共創の世界」の共生の場そのものだとつくづく感じています。

 「競い合い」によって成長をすることを良しとして成り立っている都市中心の資本主義経済が貧富の格差や自然破壊を増幅させ成長の限界を迎えバランスを失い統制不能になりつつある世界や日本にあって、今からは自然と共に格差の少ない助け合いと分かち合いの共生の時代をどのように創てゆくのかにかっかており、それはやはり「田舎」からしか蘇らないのではないかと思います。

 少子高齢化の時代は「成長」ではなく「調和」漂う「共生」の社会つくりだろうと思います。

 利他村ではこれからも「休日は田舎で農園暮らし」を啓蒙しながら「共創による共生の村つくり」の活動を進めてゆきます
posted by コ−エン at 10:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年05月29日

広島でのオバマ大統領のスピーチと今回のサミットに思う

 オバマ米大統領の広島訪問に対して被爆された人は勿論、非人道的な殺戮兵器である「原爆」を投下された被爆国として米国に対して「謝罪」を求める人も多かったと思いますが、その思いを越えて世界のリーダーであるアメリカ大統領の広島訪問を歓迎し「原爆」がもたらした苦悩の歴史と悲惨な事実を見せることによって「戦争のない世界」「核のない世界」への一条になればとの思いを優先させた日本人の精神性の高さは世界に誇るべきことだと思います。

 そして訪問されたオバマ大統領がアメリカ国内の「謝罪すべきでない」との世論を乗り越えて勇気を持って世界に向けての格調高く「戦争のない世界」と「核なき世界」への心のこもったメッセージを話されたことは感動的でまた歴史的な出来事であったと思います。

 しかし「核なき世界」を提唱し「ノーベル平和賞」を授与されたオバマ大統領であっても、核を抑止力として大量の核の保有を容認するアメリカやソ連は新たな核兵器技術の開発を進めており、また抑止力と言う大義で核保有国が増続けている現実があり、今回のオバマ大統領のメッセージによって世界が「戦争のない世界」や「核なき世界」に進む環境にはありません。

 しかし、この環境が続けば核技術の開発や小型化が進みやがては「テロ集団」が核をもつのは確実で、そこには「抑止力」は有名無実となって何かのきっかけで核の行使へと進むことも確実で、またリトアニア紛争でプーチン大統領が「核の使用を考えた」との発言も有り「抑止力神話」が核開発を推し進め核廃絶を妨げている原動力になっています。

 そのような観点いえば、今回のサミットはオバマ大統領の広島訪問という歴史的出来事が予定されたのですから被爆国日本の首相として7ヶ国のリーダーにも核廃絶を訴え広島訪問を示唆し、世界に類にない「戦争放棄」を憲法に持つ日本として「戦争のない世界」を訴えオバマ大統領の精神性の高いスピーチを少しでも具現化するような提案をしリードする絶好の機会にしてほしかったと思います。

 残念ながら今回のサミットでは安倍首相の「消費税再延長による参議員選挙対策」を視野に議長国という立場での「世界はリーマンショック前夜」だとの強引なリードしか伝わらず、現在世界を不安定にしている「貧富の格差」や民主主義そのものの信頼を失わせている「パナマ文章」によって暴露された多国籍企業や富裕層の「タックスヘイブン」を利用した税金逃れなどの緊急重要課題への7か国のリーダーの対応が伝わってこなかったことは物々しい警備をしてまで開催したサミットにしては拍子抜けであったと思います。
posted by コ−エン at 14:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年04月30日

「パナマ文章」などの機密情報の公開は新たな社会への始まりのような気がします

「租税回避地」を利用した「課税逃れ」が「パナマ文章」で一部公開され5月には日本の企業や個人の名前も公表されるようで貧富の格差が拡大固定化する世界にあって今後大きなうねりとなって世界を震撼させ続けると思います。

 秘密情報の暴露については既に元CIAのスノーデン氏による米政府の機密暴露やウィキリークスによる膨大な機密情報の公開などIT(高度情報化)社会にあっては国家情報や企業情報の「秘密を守る」こと自体ますます難しくなってゆくだろうと思います。

 そもそも国家でも企業でも個人でも秘密が無ければ互いに疑心暗鬼が起こることはなく「安心」と「信頼」が生まれるのですから「秘密を保護」するよりも「秘密を公開」することに焦点を当てるのが民主主義の社会だと言えます。

 とは言うものの私たちは時間のある世界に生きていますので一定の期間秘密にすることで安心安全が守られ不利益を被らないことから秘密を保護するのも仕方の無いことだと思います。

 しかし民主主義は「民が主権」をもつ社会ですから民が持っている個人的な情報を保護することは当然のことですが、国家権力が持っている秘密の保護はあくまで「民の同意」が必要で、国家が持つ機密情報は一定期間が過ぎれば必ず公開することで民主主義社会そのものが成り立つのだと思います。

 先に国家の秘密保護を前提に制定された「特定秘密保護法」も一定期間秘密を保護することで国民の生命財産を守ることを理由に作られましたが一定期間過ぎても公開されないようではそれは悪法と言えますし、また他国から攻められた時や未曾有の自然災害に遭遇した時には即対応が必要なことから「緊急事態法」の制定が予定されていますが、この法律は緊急時に「憲法」を越えてすべての権限を内閣総理大臣に委ねることになりかねないことから一つ間違えると独裁政治も可能にする法律と言えます。

 したがって秘密を守る「特定秘密保護法」や情報統制も可能とする「緊急事態法」の行使については「民の同意」と「民の監視」の制度を確立しておかないと民主主義の破壊にもなり、もっとも優れた民主主義憲法と言われたワイマール憲法下で生まれたヒットラーになりかねません

 今後は秘密を知られたくない多国籍企業や富裕権力機構は権力側に圧力をかけ「秘密保護」と「秘密を暴露する民への監視」を強めるだろうと思いますが、進化し続けるIT(高度情報化)社会にあっては権力機構が力でもって秘密を保護し続けるのは難しく、大多数の人々の機密公開要求は激しくなり、またそのような人々の怒りを背景にした過激なテロも激しくなるだろうと思います。

 このようにIT(高度情報化)社会にあっては方向は結局は「秘密のない世界」をどのように創るしかなく今回のような「パナマ文章」など機密情報の暴露は、競い合いを前提に成り立つ物質文明が限界を迎えて秘密のない新たな民主主義文明への端境期に生じる古いシステムの破壊過程の現象のような気がします
posted by コ−エン at 15:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年03月15日

4月からは「共同体つくり」に焦点を合わせて活動します

 春が待ち遠しく春からの活動入りを今か今かと心待ちにしています。

 4月からの今年度は「都市部との交流イベント」は続けるとして利他村が目的にしている「共同体つくり」の活動に力を入れて取り組もうと思っています。

 その「共同体つくり」ですが、田舎願望の人に参加してもらうことが何よりですが、何よりも大切なのは参加する仲間の意識が同じ方向を向いていることと思っています。

 利他村は理念として「自立と奉仕をモットーに、こころと物のバランスのとれた、愛ある共創共生の村つくり」を掲げています。

 ですから参加される仲間像は依存心の強い方や自己中心の思いの強い人ではなく主体性をもってそしてみんなのために役立つことをしたいと思える人であって欲しいと思っています。

 また、物も大切ですが心を大切にしたバランスのある共同体ですから、だからといって宗教的な世界に浸り込むのではなくて、宗教が描く理想的な在り方を現実の生活や仕事に具現化しようとする現実にしっかり足を置いた人であって欲しいと思っています。
 
 現在はグローバルな「競い合い」の世界で、勝者である多国籍企業が「産軍複合組織」を背景に世界を席巻しており各国の政府をも影響下の置くようになり、そのこともあって貧富の格差が拡大固定化して過激なテロ集団が生み出され、世界全体が先の見えない混沌とした状態に入っています。

 そのような世界情勢にあって日本の時の政権も司法・行政・立法・マスコミへの影響力を強め戦争放棄(第9条)の改訂を視野に憲法改正を旗に、武器の輸出や集団的自衛権の容認など富国強兵の国つくりを目指すようになっています。

 人や国が進歩発展を目指し競い合いによって豊かになることは正しいことです、しかし優勝劣敗の結果、貧しき人への所得の再配分が十分に行われなくなると当然に国内的にも国外的にも社会全体が不安定になり、ましてや為政者が強権をもって秩序を維持するようになったり他の国に国民の意識を向けさせるような傾向がでてくると危険で、それは紛争や戦争につながり道で、近代兵器を持ち合う時代にあっては一端「戦争」になるとそれこそ全体が崩壊するしかありません。

 「利他村の共同体つくり」はそれとはまったく逆で、今からの時代は競い合いよる豊かな国つくりではなく、分かち合いによるみんなで創る共生の国つくりで、難しい挑戦になりますが平和を目指し民が主体になる社会を描き、同じような意識の人々と共生・連帯・参加を念頭にしながらの地道に共同体を創りたいと思っています。

 ・・・と思いながら今年は自給自足を視野に「田圃つくり」から始まりです

 
posted by コ−エン at 17:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記