2016年01月10日

今年は大きな変化が生まれる年になれば!

 新年早々にイランとサウジアラビアの国交断絶そして世界の株価の大幅な下落、リビアやイエメンでのテロ、北朝鮮での水爆実験など今年は世界の混乱からはじまりました。

 そして、日本でも年初からの株価下落が続き、強権的に進めて来た安保法案や原発再稼働・TPPそして消費税UPなどに国民の批判もあり、安定多数の政権与党であるものの世界の厳しい情勢もあり不安定な年になるだろうと思います。

 そしてこのまま株価下落が続き7月の参議員選挙で野党の統一候補が出来れば、日本の流れは大きく変わるだろうと思います

 しかし、たとえ野党が勝利したとしても、世界情勢はますます激しさを増し、中国経済の低迷やアメリカの衰退による世界的不況が進み、日本においても貧富の格差が拡大固定化しトリクルダウン理論が破綻し、しかも人口減少による少子高齢化により成長力が低下し成熟経済に入った中で新たな経済の舵取りは正に至難の業で、それが出来ない政権であればまたもや国民の支持を失うばかりか日本の未来をも見失うだろうと思います。

 そして、このような大きな転換期に生ずる混迷と閉塞感漂う時代にあって何よりも危険なことは、アメリカでは荒唐無稽な発言をする大統領候補トランプ氏が支持され、日本でも強権的な安倍首相に高い支持があり、機敏で過激な発言をする大阪維新の橋下氏に期待が集まるが如く、人々の強いリーダー願望が知性なき感情となってヒトラーのようなファシズムを生み出し兼ねないことです。

 今年は、世界中に混迷と不況が漂い、人々の知性を薄れ、力による競い合いと対立が激しくなる中で、日本が世界の流れに流され「力による競う合いの道」を進むのか、それとも野党勢力が7月総選挙に勝利し「力によらない平和と共生の道」を切り開き国民に新たな未来を示すことが出来るかどうかの大きな別れ道の年のように思います。

 そもそも日本は国内では借金国であるものの対外的には世界一の債権国であり、先の戦争を忘れることなく「平和と民主主義」を願い発言され行動をされている万世一系の天皇を持つ「和と共生」の精神性を持つ国であるのです。

 そして、何よりも技術力を潜在的に持ち集団になって分かち育み合いながら豊かな物を創り出す共生の国であるのです。

 そのような世界にない豊かな人々の日本から新たな21世紀の在り方の芽が生まれる年に成ればと期待しています。
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2015年11月28日

アナスタシアの「共同の創造」による村つくり(祖国創り)を読む

ロシアのウラジミール・メグレ著で、既に世界に1,100万冊発行されている「アナスタシア」の本を紹介され興味をもって読んでいます。

 内容はシベリアのタイガで自然の中で家も持たず動物と共生しながら自然の野草や果実を食として妖精のように生きる女性「アナスタシア」の世界を描いたもので、ロシアでは既に10巻が発行され、日本では5巻目が発行されています。

 「アナスタシア」の生き方や思考は、科学万能の物の世界で生きている私たちには即座に受け入れがたいメルヘンの世界と言えますが、さりとて閉塞感と未来が見い出せなくなっている現代にあって、次に生まれる新たな世界を示唆するようで、長い歴史の中で培われた哲学や宗教の次元とは異なる宇宙や自然の真理が感じられ、何かウキウキした気持ちで楽しみながら読んでいます。

 その第4巻目の本の題目「共同の創造」で、その中に実現は難しいが新たな世界の人々の在り方が提案されており、それはロシアで日常的なライフスタイルのダーチャのより進化した在り方でもあり、また「週末田舎暮らし」を進めようとしている利他村にとっても明確な方向を示唆されているようで心をときめかしています。

 その提案は、国がそれぞれの家族に1ヘクタール(約3,000坪)を貸与し、それぞれの家族は与えられた土地に我が祖国を創る思いを持って、木々を植え、畑を創り、家を立て、自然との共生の中で自給自足と少しばかりの収入の道をつくり、それを子供から孫へと子々孫々に引き継いで、競い合うこともなく貧富の格差・差別もなく、それぞれの家族が時代を超えて「共同の創造」による村つくり(祖国創り)をする新たな人の生き方や国の在り方の提案なのです。

 それは正に利他村が目指す「新たな共創による共生による村つくり」でもあり、試行錯誤で彷徨しがちな利他村にとってそれは勇気の原理になっており、良い本に巡り会ったと感激しています。

 たしかに、テロとの戦いがあり、経済的な混迷があり、各国共に財政破綻に陥り、世界共通に「今だけ、金だけ、自分だけ」の価値観が漂う現実世界にあって、「アナスタシア」の提案する世界の実現は不可能に近い絵空事とも思えますが、そのような思いを持つ人たちがそれぞれの環境と立ち位置の中で行動することによって、やがては「101匹めの猿」のごとくある一定点を超えると一斉に世界の人々の意識変革が起こり得るのではと夢を膨らませています。

 そして、現実に利他村には2ヘクタール(約6.000坪)の土地があり、そこを「アナスタシア」の世界や「共同の創造」による新たなライフスタイルに共鳴する仲間が集えば、やがてはシフトアップした新たな世界が出来るのではとメルヘンぶっています。
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2015年10月29日

平和で幸せとは!

「衣食足りて礼節を知る」との諺がありますが人間の欲というものはどうもそうならないようでバブルの時はむしろ「衣食足りて飽食に溺れる」であったように思います、そしてバブルが弾け失われた20年の時代にあっては人々は再び衣食足りる豊かな暮らしを求めて経済優先の世界を求めるようになっています。

 確かに人々の幸せにとって経済が豊かになることは大切なことですが、それは幸せになるための手段であって目的ではない筈です。

 人の幸せにとって最低限の衣食住が必要不可欠なものですが、人は肉体と同時に心という精神的なものを持っていますので幾ら衣食住が満たされても心の豊かさが得られないと幸せだと言えないと思います。

 もし経済的な豊かさだけが幸せであるとすれば、低開発国の人は先進国のように経済的に恵まれないことからその国のすべての人々は幸せでないことになります、また経済が発達した今の時代の人々に比べれば比較にならない過去の例えば江戸の時代の人々やそれまでの時代の人々はすべて「幸せでなかった」ことになります。

 経済的に満たされなかった低開発国の人々や過去の時代の人々と先進国の仲間入りが出来た私たちとどちらが幸せかと言うと一概に私たちが幸せであるとは言えません

 と言うことは「衣食足りて礼節を知る」ではなく、むしろ礼節という心の豊かさがあって始めて「幸せである」と言えることで、そのような心の豊かさによって衣食住の豊かさを有り難いと思えるようになり、奪い合いではなく分かち合いの思いが生まれてくるのだと思います。

 今、日本は競争至上のグローバルな市場経済にあって軍事力と言う力を背景にした国つくりに舵をきり「食や資源」の確保をすることを「積極的平和主義」と言う言葉で専守防衛という枠を超えて海外に武器を持って出かけようとしていますがそれは国の在り方としても未来志向の「幸せな国つくり」ではなく「不幸な国へ」の時代逆行のように思います

 物や経済の豊かさは手段であって、心の豊かさのないところに幾ら「衣食住」が豊かになっても平穏で幸せな社会が生まれなかったように、人口増に比例しない食料生産の食糧不足の時代にあっては、単に国も力でもって「食や資源」を確保する方向ではなく、礼節と言う心を持って世界各国の人々が知恵を出し「食や資源」の増産のための技術の開発をし合い「奪い合いで」ではなく「分かち合い」の「心の豊かさ」を高め合う方向で人々には勿論国としての世界に呼びかけるのが「積極的平和主義」だと思います。
 
 「何を青臭い」と言われるかも知れませんが21世紀は「競争(競い合い)から共創(共に創る)」への転換によってしか未来が開かれないように思います。
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2015年09月09日

安保法制(戦争法案)は許せない

 今回の安保法案(戦争草案と言える)を何が何でも今国会中に通そうとする安倍政権のやり方には憤りすら感じます。

 国民に充分な説明をすると言いながら説明すればするほど世論の反対が増え国会前デモが激しくなると「国民の理解が無くても決めるときは決める」と圧倒的多数の議決で押し通すことは独裁政治のようで許されないことです。

 前の選挙で圧倒的な議席を得たことで議会制民主主義のルールからは法的に問題がないとしても、そもそも先の選挙のマニフェストでは「安保法案」や「憲法改正」は小さく書いているに過ぎず国民に正面から訴えることをしていないで圧倒的な多数を得るやいなや数の力で押し通すのは欺瞞とも言える行為だと思います。

 また自民党への得票数は選挙権のある国民の4分の一の票でしかなく、国の在り方を大きく変える安保法制を国民の理解が十分に行き届いていない段階で強権的に押し通すことは許されないことです。

 さらには今回の「安保法案」を国会に提出する前にアメリカに「夏までに法案を通すと約束する」などは論外で国会無視どころか国民無視の民主政治を逸脱する独裁政治としか言いようがありません。

 戦後70年間「平和憲法」の下に戦争をすることなく「専守防衛」の枠内で国民の理解の下に合憲としてきた自衛隊を「安保法案」によって海外で交戦可能して、また武器の輸出を認めるなど、憲法を改正することなく時の政権の解釈変更で強行に通そうとすることは立憲主義(憲法によって為政者の行為を戒める)からも許されないことです。

 現実的には大国になった中国からの脅威や北朝鮮の暴発による危機への対処があるとしても、それを口実に「集団的自衛権により抑止力としての軍事強化で平和を維持する」国の在り方を変えることは逆に中国や北朝鮮から見ればそれこそ日本が脅威者ともなり、結局は際限の無い「抑止力と言う名の軍事拡大競争」をもたらすだけでそれは決して「平和へ道」ではなく「戦争への道」でしかないのです。

 戦争をして喜ぶのは「戦争によって利益を得る軍産複合体組織」だけで、戦争当事国はどちらも戦勝国になることはなく平和と豊かさを失い、それぞれの国民にとっても生命・財産を失い幸福が奪われるしかならないのです。

 違憲と言われ国民の半数以上が反対する「集団的自衛権」を通すことによって、海外に派遣された自衛隊が戦死した時に又戦争によって敵国と見なされた日本へのテロによって攻撃を受け生命・財産を失う国民に対し安倍政権と法案を通した与党の議員はどのように責任を持つのでしょうか、戦争を知らない2世議員の多い与党は本当に覚悟して「安保法案」を通そうとしているのか疑問です。  
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2015年08月29日

国際交流の楽しい夏になりました

 利他村には夏に毎年10日間ほど海外学生ボランティアが来てくれ今年はロシア・フランス・チェコそして通訳の日本のリーダーを含めての男性1名女性3名の若者たちの参加です。

 毎年同じ光景ですが若者たちは初対面で自己紹介するやいなや直ぐに友達会話になり屈託のない交流が始まるのは何とも楽しくすがすがしい気持ちにさせてくれます。

 ホスト側の利他村では宿舎と食事を提供し若者たちはボランティアでの奉仕活動でになり利他村にとってはペンキ塗りや広い敷地の草刈りカントリーハウスの窓ふきや掃除そしてベットや布団の天日干しなど人数が揃わないとついつい億劫になる作業が片づき大助かりでおまけに若いエネルギーに満たされ夏になります。

 食事は若者に交代で自慢料理を作ってと依頼しますが、どの国の若者も母親に作って貰っているようで、テレビや映画で見る海外の家族の食事とは異なり質素な単品ものになりますが、それでも各国の日頃の料理を垣間味わうことが出来、お国の自慢料理などで話が弾みます。

 もちろんホスト側で日本料理を作りますが、海外の若者たちは特に「お寿司」「天ぷら」「お好み焼き」など大喜びで、またキャンプ中に応援に来てくれた料理教室の講師でもある利他村メンバーが持参してくれた料理には満喫そのもの、何と言っても楽しい食事は国が違えども心開けるもっとも良い交流のようです。

 ところで今回参加の男性の若者がフランスの大新聞ルモンド社の社長の御曹司と聞きビックリ仰天、しかし若者たちにとってそのような事には意に介さずに彼も炎天下の中で上半身裸になりボランティア作業をするなど、冗談を言いながら皆で助け合い互い国の習慣や在り方を語り合う交流キャンプは「平和」そのもので、このような姿をからは「戦争」など起こるのこと自体不思議なくらいに思えてきます。

 今回強行に成立させようと「集団安全保障で平和を維持する」や「武器をもって海外に出て平和を守る」ましてや「抑止力を高めて他の国から戦争を仕向けられないようにする」などはまったく絵空事のようでそのような発想など出ようがありません。
  
 ルモンド社の御曹司の若者が「機会があれば両親を利他村に連れてきたい!」と語り帰国してくれました。
両親に利他村での平和で楽しい国際交流の日々を語ってくれると思いますが、このような民間の活動の一つ一つが小さな小さなことですが世界の平和につくりにつながるのではとの思い利他村の夏の行事として今後も続けてゆきたいと思っています。

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2015年07月28日

「果物と野菜」中心の食事に挑戦しています

 「太陽の会」の中丸薫さんが「デトックス」に挑戦中で「50代からの超健康革命」の著書を紹介され、読むと「果物と野菜」のいわゆるベジタリアンの食生活ですが、体が要求する栄養素は充分にとれると書かれてあり、そのような生活をしていた古代の人々は120歳〜160歳の長寿であったとのこと、ダイエットをしなければと思いつつなかなか出来なかったこともあり、心機一転早速先週から実践中です。

 巷に氾濫する健康に関する食事やダイエットの著書などでは「牛乳」が良いとか悪いとかいろいろ迷う記事が多く、またスーパーでは「遺伝子組み換えはしていません」との表示も信用できないことが多く、何を買っても添加物が多く入っており、農作物は農薬付けで、加工品など添加物や農薬のない食品を探すのが至難のことになっています。

 おまけに企業倫理も低下傾向にあり、中国からの輸入食品はもちろん日本でも安全性より儲け優先の加工食品業者の摘発のニュースもあり、気づかずに誰もが体内に農薬や添加物による毒素をため込んでいるのは確かだろうと思っています。

 もはや「みんなで渡れば怖くない」では済まされない「食原病」の健康被害から自分を守るにはやはり自己責任で食事に注意するしかないだろうと思っています。

 そもそも利他村は「自給自足」の共同体作りを視野に活動をしているのですから「自分で作った無農薬の農作物を食べる」ことをテーマに「週末農園暮らし(利他村ダーチャの里)」をと啓蒙するにはぴったりだと思っています。

 とは言うものの著書には21日(3週間)の取り組みが紹介されていますが、凝り固まった取り組は精神的なストレスにもなりかねないし、当面は月に一週間から10日間程度の「果物と野菜の食事」を習慣化させるだけでも「デトックス効果」はあるだろうと思いますので、まずは「幸せと楽しいライフの元としての食習慣作り」と気楽な思いで挑戦しようと思っています。

 
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2015年06月11日

今回の「安保法制(戦争法案)」は時代逆行そのもの

 「戦争」の無い状態が「平和」ですから、今回の安倍政権が躍起になって通そうとしている「集団的自衛権」を容認する「安保法制」はまさしく戦争に備えての法案で「戦争法案」と呼ぶに相応しく、それを「レッテル貼り」と言う安倍首相もさることながら逆に「積極的平和主義」との言葉で「平和憲法」の改正を押し進める姿は、20世紀の民主主義憲法の先駆けと言われたワイマール憲法下でヒトラーが台頭した時代のような不気味さを感じてなりません。

 確かに時代背景は先の世界大戦の時とは中国の台頭など大きく変化しアメリカの覇権体制も壊れつつあり、新たなアルカイダやIS(テロを背景にした国家で無い集団)との非対称的な戦争など世界の軍事環境は大きな変化しており、それに備え国民の生命財産を守るために自衛の為の軍事力を備えるのは時の政権としても当然のことです。

 しかし平和憲法の下で容認してきた専守防衛の則を超えることは21世紀の日本の進む方向ではありません。

 また国際的に他国への戦闘行為を余儀なくされる時代に入ったとしても少なくとも「国連の決議」を前提にしたものでない限り、他国に自衛隊を派遣することは21世紀の日本の進むべき方向ではありません。

 そもそも21世紀の戦争は先の世界大戦の時とは全く異なり、無人爆撃機など武器技術や性能は飛躍的な進歩を遂げ、兵器も局地的に破壊するのでは無く核兵器から化学兵器・細菌兵器と一度使うと敵味方の区別無く地球全体に被害を及ぼし「戦争」も国家と国家の間のように勝敗が決まり終結することはなく、アフガンやイラクに見られる如く一度始まれば終結すること無く世界そのものを混沌とさせ続け終結の目処がつかないのです。

 したがって20世紀までの戦争を前提に「力による抑止力をもって平和を維持する」などはまったく絵空事で、抑止力と言う言葉で武器や兵器の開発は際限なく続き、戦争によって利益を得る産軍複合体組織が目論む周期的な戦争など、そのような中で「戦争法案」を推し進めことは正にミイラ取りがミイラになる如く何かを切っ掛けに生ずる戦争に巻き込まれすべてを失うことは冷静に考えれば解ることで、「積極的平和主義」や「力(武器)による平和の維持」はまさに「言葉のまやかし」で「平和」とはまったく逆の方向です。

 日本が真に進める平和の方向は「集団的自衛権により他国と共に武器を持ってではなく」「天皇陛下が先の大戦で日本の占領下にあったパラオ共和国のペリリュー島を訪問し、戦闘により無くなった日本兵と現地の人々ばかりでなく相手国の戦闘員すべての御霊の慰霊をされ平和を祈られた姿」を日本国民の創意として時の権力者がその為の政(まつりごと)を推し進め世界に示すことだと思います。

 日本の精神性は長い歴史を通じて「権威と権力を分離」をし「天皇を権威として権力を時の政権に委ね、天皇は民衆の平安を願い平和の祈り(祭りごと)に専念し、時の政権は天皇の祈りを忖度し民衆の平安と平和を実現する「君民共生の精神性の高い民主主義国家」の土壌の中で培われて来たと思います。

 明治以降の植民地政策を進める西洋列国と互するために富国強兵・殖産興業を旗印に天皇の権威を時の権力が利用し統帥権もつ天皇主権として歩んだ軍国主義の時代(戦前のレジーム)が敗戦により本来の姿に戻り「戦争放棄の平和憲法」の立憲主義の基に象徴天皇として平和と国民の平安の祭りごとと公務に専念され、国民が総意として思い描く権威の上で君民共生の精神性の高い民主主義国家として新たな平和な時代(戦後レジーム)を創り上げてきたのです。

 それは日本の誇りであり「戦後レジームからの脱却」とは全く逆の「新たな21世紀の世界の指針となり得る理念」そのもので、そのことこそが戦争の無い平和な世界を創り上げる日本の方向だと思います。

 「戦後レジームからの脱却」と叫び「積極的平和主義」と言う言葉のマジックで自衛隊に武器を持たせ集団的自衛権により海外に派遣することを可能にする「安保法制(戦争法案)」は全くの危険な時代錯誤で、今回の「安保法制」は明らかに憲法第9条(戦争放棄と武力不保持)とは全く相容れないもので国会参考人に呼ばれた憲法学者の全員が「憲法違反」と発言したのは納得できる見解だと思います。
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2015年04月22日

「共同体つくり」スタートです

 中丸薫さんが主催されている「太陽の会」と共催で4月18日(土)〜19日(日)に利他の花咲く村で「共同体プロジェクト」の合宿を開催しました。

 中丸薫さんは元ニュースキャスターで世界186ヶ国の君主や指導者そして世界的に名声のある芸術家や俳優やスポーツマンへのインタビューをされ、その後は「愛によるワンワールド」を国連で訴えられ、日本で長年講演活動を続けられ今年からは世界に向かって積極的な啓蒙活動を始められています。

 そして今日的な世界経済や地球環境の危機的課題や中東を初めとする紛争の激化など何かの切っ掛けで世界的規模の大混乱が起こることへの準備として食やエネルギーの自給と共同体つくりを提唱されています。

 利他村もそのような危機意識をもって「21世紀の新たな共創による共生の村つくり」を目的に活動をしていることもあって「応援しましょう」と関心を持って頂き、今回太陽の会のメンバーに呼びかけて頂き利他村での合宿になった次第です。

 合宿には太陽の会から東京や九州からの参加を含めて12名そして利他村から5名が参加し、ミーティングでは皆さんそれぞれ取り組んでおられる危機への対応について話され、また食事はみんなで作ろうと夜はバーベキューそしておかず満載の朝食と特性金ごまカレーでの昼食と和気藹々な仲間意識が高まった合宿になりました。

 今回が初めての会合ですので太陽の会としての具体的な共同体つくりの話にまでは至らなかったものの、利他村の「週末田舎農園ぐらし(利他村ダーチャの里つくり)」については兵庫や大阪など近畿圏内のメンバーが月に1〜2回集うとの話になり念願の共同体つくりのスタート台に立てたように思っています。

 ミーティングの中で地震などの大災害を想定して、短期的な対応として食料・燃料・常備薬・連絡し会える人間関係などの個人的準備は必要不可欠として、戦争や世界的な自然災害など長期間の対応は個人では不可能でしかも国や行政の混乱や流言飛語などもあり、ダーチャのような田舎での拠点を持って共同体的なつながりを作っておくと同時により長期的には物々交換可能な共同体ネットが必要だと改めて危機への準備に気づかされました。

 しかし、備蓄備蓄・・・とあまり怖がるのもどうか「断食の経験から水だけでも10日間は充分大丈夫!」「水と塩とお味噌」だけでも短期間だと大丈夫などの話もあり、みなさん食料については少々安心されたようです。
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2015年03月14日

「なぜ、これほど戦争の出来る国にしたいのか」

 いったいどうなってるの!と思いたくなるほどの右傾化が進められ個人ではどうにもならないもののどうしても最近は反戦平和の記事が続いてしまいます。

「武器輸出3原則の見直し」「特定秘密保護法の制定」「集団的自衛権の容認」「周辺地域の拡大」「自衛隊の海外での武器行使の容認」「自衛隊の文官統制の削除」と続き着々と憲法(第9条)改正に進む安倍政権・・・・・平和の党と自認していた公明党も面子を保ちながらの容認姿勢、維新の党もその方向、民主党も内部での対立があり、・・・・断固反対を叫ぶ共産党や社民党も右傾化の流れを阻止する力はなく、国民もまさか日本が戦争に巻き込まれることはないだろうと右傾化の流れに憤るまでまで至っていない・・・

 しかし戦争放棄の平和憲法を変え自衛隊の海外派遣をして武力行使を行うまでして安倍政権はいったい何をしたいのかさっぱり解りません。

 70年前の戦争とは異なり最新兵器や無人攻撃機など日進月歩にあって軍事力の強化は際限が無く、また国籍のないテロ集団と対峙する時代にあっても防御には限界があり、一端戦争に巻き込まれると勝ち負けどちらも壊滅的な被害になるのは明らかです。

 しかも複雑に絡み合っている国際状況に合っては一端始まった紛争や戦争は中東やウクライナを見ても解るように終結することはなく火種がくすぶり続け、すべてが崩壊と言う結末でしか決着がつかないのではと思えてなりません。

 今の時代は「力」による平和など「絵空事」で、自衛隊を海外派遣をして武力行使により平和が維持できるなどは「匹夫の勇」の如くで、そのことによって対峙する国や集団からの攻撃対象になるのは「後藤さんや春川さん」の結末をみても明らかです。

 新たな世紀は武器を背景にした「国益」中心の競い合いを前提とした世界秩序つくりの時代ではなく「地球益」を前提とした武器によらない「経済協力」や「外交努力」による「平和共生」による秩序つくりをするしか築けないだろうと思います。

 和の国「日本」は「専守防衛の範」を超えることなく経済大国の平和国家として周辺諸国との平和条約と不可侵条約を目指して、技術立国として近隣諸国との経済協力を進め、世界平和に貢献することで世界から尊敬される国になればと思います。 

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2015年02月25日

真の「積極的平和主義」で進んで欲しい

 日本人人質が殺害され、イスラム国(ISIL)の残忍さに言葉を失っていますが、それに対して日本人の冷静さは素晴らしいものだと思っています。

 そもそも中東ではユダヤ教からキリスト教が生まれそのキリスト教からイスラム教が生まれ「同一の神」を根源に信仰していますから教義の根本は違わないのです。

 しかし、現実の世界にあって生まれた経過で、ユダヤ教は新たなキリスト教を迫害しキリスト教はその迫害に反抗する、そしてキリスト教は新たなイスラム教を迫害しイスラム教はその迫害に反抗すると言った長い葛藤の歴史があり、それぞれが宗教的イデオロギーを鼓舞することで対立を深め、さらに時の為政者がその宗教的なエネルギーを利用し民族的な争いを絡めての領土争いと今日的には利権絡みの抑圧支配などが続き抜き差しならない対立状況を創り出したのです。

 イスラム教スンニ派の過激集団「イスラム国」の出現はまさにこのような長い宗教対立と民族争いの歴史を根底にするものの、根本的原因は長年の西洋のキリスト圏の列強諸国によるイスラム圏への抑圧と近代資本主義経済がもたらした貧富の格差の拡大と固定化に対する民衆の怒りであり、組織的なテロ集団を創るまでに至らしめたのだろうと思います。

 であれば欧米列強国による利権獲得のための中東の抑圧と資本主義がもたらす貧富の格差を解決しないかぎり、いくらアメリカ主導の有志連合なるものが力で殲滅させようとしても「イタチごっこで」で、武力(力)による解決は平和を創るのではなく世界全体をますます混乱と破壊に追いるだけだろうと思います。

 安倍政権がアメリカ主導の有志連合を支援する方向で「テロとは断固戦う」とドンソンと軍事的な対応策を進めていますが「イスラム国」から見ればそれは「明確な敵対行為」となり日本を標的にするのは致し方のないことで、安倍政権が掲げる積極的平和主義とは「藪をつついて蛇を出す」で犠牲を覚悟してでも「力」でもって強い日本を取り戻そうとしているとしか思えてなりません。

 そもそも日本はあらゆる宗教的には包容力をもっており「イスラム世界」からも中立的で「戦争放棄」をして経済的に発展した国として好感を持たれていた筈で、それは日本の誇れる宝であると同時に世界平和を創る意味でも大きな遺産なのです。

 1%の富者と99%の貧者が進む世界にあって平和で安定した未来が描けなくなっている今日、「和の精神」と「科学技術力」とそして世界に冠たる「平和憲法」を持つ日本が向かう道は、戦争の出来る国として力で「イスラム国」に対峙するような道ではなく、あくまで国連を中心にした対応をしながら経済大国として、武力ではなく人道支援もイスラム国の支配地域に住む民衆をも含めたあらゆる国の民衆を対象にし、何よりも70億の人々が「健康で持続可能な生活」が出来ることを世界に向けて発信しして国を挙げて進むことが「真の積極的平和主義」ではないかと思います。

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